瞬きに合わせて、次第に景色が明瞭になっていく。
(ここは、……医務室か?)
 ただずっとそうしていたかのように、何事もなかったかのように、寝台に横になっている。
(それなら……あれは……)
 おぼろげな記憶は、夢だったのだろう。そうに違いない。
 自由を奪われ、力尽くで、一種の暴力を身に刻まれたことも。
 辛そうな表情しか思い出せないその相手が、全幅の信頼を置いていた者だったことも。
 いや……むしろ『だからこそ』、そんなはずがなかった。
(そう、だよな……そんなわけないか)
 あんな表情を見せたことなど、一度もなかった彼だ。あの表情は、想像の産物であるに違いない。
「そうだよな……」
 声にならない声で、小さく呟いた。
 乾燥していたのか、咽喉が少し枯れている。水を飲みたい。そう思って、ゆっくりと上半身を起こした。

 瞬間、身体中に鈍痛が走った。

 肩が、両腕が、腰が、足が、ぎしぎしと軋むように痛い。
 思わずその場に突っ伏して、無意識にかばった手首の感触に驚き、咄嗟に視線をうつした。
 ……――包帯の白が、目を突きさした。
 自分でこんなものを巻いた覚えはない。それに怪我をした覚えもなく、なにより右の手首に巻かれた包帯は、左手一本で巻くにはあまりに丁寧だ。
 おかしい。
 恐る恐る、包帯を少しだけ捲った。

 まず目についたのは、小さな紅い吸い痕だった。
 そして、何があったのかが如実に分かる、手首を取り巻く擦過傷。

 それを見た瞬間、思い出した。
 痛みも構わず暴れ、抑えつけられ、そして起きた出来事を。

『……諦めろ』

 低い声が耳に響いた。

 幻聴と分かっていたが、思わず目をあげてあたりを見回した。
 その動きに、再び身体が悲鳴をあげた。
「……っ」
 自由にならない身体を、どさりと寝台に預けるように横たわる。
 何気なく左腕を持ち上げ、今度目に入ったのは四本指の青痣で、なぜか笑いが漏れた。
「……ははっ」
 咽喉が引き攣る。このままでは泣き出してしまいそうで、左腕を目に押し当てた。

 相手を責める気にだけは、どうしてもなれなかった。
 むしろ、そうさせてしまった自分が、悔しくてならなかった。

 理由もなく暴力に走る男ではないと、誰より知っている。
 ならばこれは誰のせいでもない、自分のせいなのだ。
 なぜこんなことになったのか、なにが彼を怒らせたのか、なにもわからない。

 ただ、大事なものが壊れてしまったことだけは、確かだった。
 その事実に、今にも泣き出しそうなのを、ただじっと堪えていた。




つ づ く 。(え、マジで?)
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