誘受1



 ぺろりと首筋に舌を這わした瞬間、槙の両腕が首元に絡みついた。
「ひろや…」
「こ、う…、…?」
「抱い、て…」
 思わぬ言葉に、思わず耳を疑った。
 槙が小さな声で言いつのる。
「だめ、か…?」
「えっ…そりゃ、嬉しいけど…どう、した…?」
 両腕が泳ぐ。なんとか柔らかく抱き返したが、戸惑いはぬぐえない。
 様子がおかしいのは分かる。しかし奈何せん経験不足で、こんなときどうしていいのかわからない。
「っ、…俺から誘って欲しいって、言ってただろ」
「それは、言ったけど……無理、してないか」
「容赦なく襲ってくるのに、俺の頼みは聞いてくれないのか…?」
 躊躇っていると、槙が強く抱きついてきた。
 そっと頬に手を当てて、顔上げさせ、控えめにキスを落とす。
「…聞かないわけ、ないだろ…」
「ん…」
 舌先を出してくる積極さに、様子を見ながら何度も口付けを繰り返していると、槙の腕がそろりと動いた。
「ん、ふ…」
「……っ、……いいよ、任せてくれれば」
 ためらいがちにズボンへ触れた手を、そっと握り返して制止する。
「でも…」
「不安?」
「それは、ない…」
「じゃ、いいだろ…」
 素肌を撫でながら再び口づけて、片手でシャツの下を探る。
「ぁ…、ん」
 空いた片方の手でズボンの前を寛げると、槙は小さく鳴いて、ちゅっと軽く伊多の首筋を吸い上げた。
「…ん…今日、積極的だな…」
 うなじにキスを返しながら、差し入れた手でぐっと前を扱く。
「んぁっ…あ、」
「…そこ、座って」
 ぴくんと動いた身体を支えて背後を目で示すと、槙は一瞬戸惑ったように、伊多をちらりと見上げた。
「え、テー、ブル、に…?」
「立てなくなったら、困るだろ…?」
「だったら、ソファか、ベッドに、ぁあっ」
 前を刺激するだけで、膝がかくんと力を失う。
「待てない…。それに、立てない、だろ…」
「あ、で、も…ん、ぁ…」
「なに?」
 シャツを脱がせて、足を撫でるようにズボンへ手を差し入れる。
 恥ずかしそうに眼を伏せて、槙が小さく呟いた。
「こんな、とこで…シたこと、ないし…」
「幸から誘ってくれたことだって、ほとんどないしさ。…イヤ?」
「イヤだったら、誘ってない…けど…テーブル、汚れる、し」
 もじもじとする槙に我慢できず、鎖骨を舌でつつっとなぞる。
 腰を支えてテーブルに身体を乗せてやると、抵抗の様子もなく、槙はゆっくりと体重を預けた。
「イヤじゃ、ない?」
「ん…」
「あとで、ちゃんと消毒するから」
 テーブルの上に身体を横たえて、するりとズボンを引き抜く。
 指を舐め、性急に入口を撫でると、槙はふるりと身体を震わせて声をあげた。
「消毒って、あ、んあっ!や、ぁ、いき、なりっ」
「ゴメン、…ちょっと、俺も…キてて」
「あ…、ん…」
 勢いに任せて、下着を取り払う。床の上に布が落ちて、ぱさりと微かな音を立てた。
「…大丈夫か?…痛くない?」
 いままで、床の上に押し倒したり、壁に押し付けたり、無茶は何度かしている。
 それでも痛いのは嫌だと、唇を近づけて尋ねると、槙はこくんと赤くなって頷いた。
「がまん、する…」
「んっ…ありがとな…」
 愛おしさに唇を重ねながら、伊多は何度か入口をなでる。
 そして、そこが緩んだのを見計らい、指を二本重ねて差し込んだ。
「ひあっ!や、ん、ぅ…ぃっ、」
 槙の身体が微かにしなる。
「…ん、痛い…?」
「は、ぁ…ん、すこ、し…」
「…力、抜いて…」
 啄むような口付けを繰り返し、ゆっくりと指を挿しこんでいく。
 知っている箇所を指先で撫でると、力と吐息が、槙の身体から抜けていくのがわかった。
「んっ…ふぁ…」
「柔らかくなってきた、かな……こっちも、欲しい?」
 指を挿しこんだまま、親指で前を撫でる。
「ひ、んっ、あ、やぁ、ぁあ…」
「じゃ…いっぺん、出しちゃうか…」
 こくこくと頷く槙から、指を引き抜く。
 手を絡めると、すでに硬くなっていたそこは、すぐに追い立てられた。
「ふぁっ、ぁあっ! あ、イくっ…!」
 びくんと震え、先端から出た白濁を、肌を撫でるように掬い取る。
「……ん、少しは滑り、よくなったな…」
「はっ、はぁっ…ぁっ…!」
 出たものを再び後ろに指をつぷりと差し込む。
 今度は柔らかに伊多の指を飲み込んで、くたりとしていた槙の身体が、再び小さく震えた。
「…っ、少し、休む…か…?」
「い、いっ…」
 そっと入口に先端をあてる。
 ひくひくするそこへ、奥までゆっくり挿入すると、内側が奥へいざなうようにうごめいた。
「……、やっぱ、やらかいな…っ」
「ぁ、あ…」
「……な、んか…止まんなく、なりそ…」
「ふあ、んっ、ぁ、あ、んあっ」
 テーブルの上で膝を割り開かれ、伊多のものを奥まで入れられて、槙が吐息を熱くしている。
 その倒錯的な姿が、網膜を通して理性のタガを外す。
「ほら、…首、…掴まって…っ」
「あっ、そ、こっ…!」
「ん、ここ、弱いよなっ……」
 こりこりと先端にあたる場所を狙って、伊多が勢いよく突き上げた。
「ひ、あっ、やぁっ、や、そこ、やっ、ぁあっ!」
 槙が目に涙を浮かべ、首をふるふると振っている。
「いっ…よ、いっ、ても…っ」
 抱きしめて槙の身体を支え、何度も深く突き上げる。
 本能に任せてなかを抉ると、限界が近いのか、内側がきゅっと伊多自身を締め付けた。
「っ、あ、ふか、いっ、そんな、おくっ…!」
「っ…俺、…もっ、イくっ……!」
「ぁあっ、〜〜〜っ!」
 ビクンと、槙の身体が弓なりになった。

 ガクンと、力を失うのを、腕を伸ばし抱きしめて支える。
「っ……は、…だい、じょうぶ、か…?」
「ん、あ…せなか、いた、ぃ…」
「あ、ごめん…ソファ、連れてくから」
 入れたままだったものを抜き出すと、抜かれた刺激に、槙がぶるっと身体を震わせた。
「んんっ」
「…ほら、つかまって」
「ん…」
 そっと横抱きに抱え、ソファへ場所を移す。汗ばんだ髪をかきあげてやると、槙が数度目を瞬き、力が抜けるように目を閉じた。
「…な。…あの、さ…聞いていい?」
「な、に…」
「…なんか、あった?…いきなり、幸からなんて、さ…」
 ずっと気になっていたことを、囁くように問うてみる。
 しかし槙は、伊多に擦り寄ったまま、小さな声で答えただけだった。
「…別に…俺だって、ヤりたくなるとき、あるんだよ…」
「ふぅん……で、…満足したか?」
 答えてくれないもどかしさに、小さく口を尖らせる。そのままいたずら半分に、内股に指を這わせた。
「ぁっ…!?や、もう、いいっ…」
 槙がびくっと、身体を起こそうとする。
「なんだ、誘ってきたくらいだから、まだイケるのかと思ったのに」
「そんなこと、思うのは、お前だけだっ」
 未練がましく抱きしめていると、力が戻ってきたのか、槙がもそもそと身じろぎした。
「えー、そうか?…もうちょっと、いいだろ」
「ちょっ、はなっ」
「何にもしないから、いいだろ、ちょっとくらい」
 温かくて、放したくない。素肌のうなじにキスを落とすと、再び槙が、ごそごそと動いた。
「ひゃっ…なにもしないって、してるだろっ!ぁっ、」
「…俺はまだイケるけど、…このまま俺からその気にさせんのは、もったいないような気もするんだよな…」
 まだ敏感な身体を、このまま高めてやったら、また求めてくれるだろうか。
 そんなことを考えていると、槙が逃げようと、抱きしめていた腕を押し上げた。
「なにが、もったいないだっ!だったら、はなせって…っ!」
「じゃ、キスだけだから」
「んぅっ!?ん、む、ふ…」
 くるりと槙を下に組み敷き、名残惜しさに唇を重ねる。
「唇も、柔らかいんだな……口、開けて」
「は、ふぁ、ぁ…」
 指先で顎を捕らえて口を開けさせ、熱い舌を絡めあうと、槙の身体から再び力が抜けた。
「ん、ふ………、…どう?」
「はぁっ、は…ん…どうっ、て、なに、が…」
「キス。……下手か?」
 もう一度やりたいと言ってくれないものか、顔をじっと見て問いかける。
 しかし槙は、伊多の問いに顔を赤くすると、どうしたのかぷいっと目を反らした。
「っ、!」
「な、どう思う?……もう一回、試す?」
 逃がしたくない。そう思って、再び唇を重ねる。
「なっ、んんっ…」
「…やっぱ、幸とキスすんの、…すごくいいな…」
 気持ちがいい。温かい。……このまま、もう一度、したい。
「ふぁっ…んっ、も、いい、だろっ」
「どうしても、ダメ…?」
「えっ…な、に…」
「…やっぱ、シたい。…どうしても、無理か?」
 そう言ってじっと目を覗き込んだ。
 ……が、思えばさっきまで、テーブルの上なんて無茶をしていたのも事実。
「なっ…お、俺は、一回でイイ、けど…その、…、っ、せなか、痛いし、」
「ソファだから、次は痛くないって。…もう十分、休んだよな?」
「あっ!?やっ、」
 下へするりと手を伸ばすと、槙が逃げようと、わずかに身をひねった。
「あっ、逃げるなって。……嫌なら、無理は言わないけど」
「っ、だったら、のっかるなっ…」
「…ま、無理強いはしないよ。……腰、大丈夫か?」
 やっぱり、無茶はよくない。机の上なんて、不安定で慣れない場所で、身体に負担もあるだろう。
 そっと身体を放して気遣うと、今度は槙が、小さな声で囁いた。
「…お前、すぐ顔に出るな」
「隠すつもりないしな。……でも、ヤなんだろ? 夜、風呂のあとまでは、我慢するからさ」
「そっそれは、夜またヤるってこと、か?」
「まぁ考えてみたら、ゴム切れてたし…夜、ゆっくり、な」
 名残を惜しんで、再び唇を重ねる。
 そして脱ぎ捨てたシャツを取りに戻ろうと、身体を起こしかけたところで、槙の小さな声が耳に届いた。
「っ、ま、またやるくらいなら、今の方が、イイ、」
「えっ、俺はその方が嬉しいけど……キツくないか?」
 それにゴムもないし。そう言いかけたが、槙は真っ赤な顔で、うつむきがちに小さな声で呟いた。
「夜、ゆっくり休める方が、イイ…」
「…じゃ、夜ゆっくり休めるように、しっかり疲れような」
 槙から、いいと言ってくれたのだ。にっこり笑うと、相手はわずかに身を引いた。
「えっ…ぅ、ぁ…」

 ……日が暮れるまで、まだたっぷり数時間ある。