無理を強いられた身体は、自分のものとは思えないほど重かった。

 頭の中は霞がかかり、なにも考えられない。

 それでもその脚は無意識に『彼』のもとへ向かっていた。


  ――外は、煙るほどの雨。


 この身に起きたあらゆるものを洗い流してほしいと願いながら、

 全てをかき消すような雨音の中に身をさらした。










 外は雨。
 嫌いなわけではないが、とても出歩く気にはなれない天気だ。
 
 特になにをするでもなく過ごしていた伊多は、響く雨音の中、玄関前に人の気配を感じ目を向けた。
 ほどなく戸をたたく音が聞こえ、戸の前へと歩み寄り、誰何した。
「どちら様?」
 無言だった。首をかしげつつ、もう一度気配に尋ねる。
「誰?」
「…、……伊多、俺だ」
「槙?、今、開ける」
 思わぬ訪問者に驚きつつ、親しい相手の顔を思い浮かべ戸を開けた。
 が、見えた相手の様子に、伊多は息をのんだ。
「…っ、どうしたんだ、ずぶ濡れじゃないか!途中でふられたのか?」
「急に、悪い…」
「いや…、とりあえず中、入れ」
「ん…」
 俯きがちの槙の様子に、少しく違和感を感じたが、濡れ鼠をどうにかする方が先だと、槙を中へと促した。
 
 槙は部屋が濡れるのを気にしたが、かまわず座らせタオルを持ってくると、伊多はとりあえず拭こうと手をかけた。
だが、その身体の冷たさに驚き、返答も待たずに引きずる様に、槙を浴室へと連れて行った。
「どれだけ雨の中歩いてたんだ。身体が冷え切ってるぞ?このままじゃ風邪ひく…湯入れるからあったまれ」
 いうと、その場を離れようとしたのだが、槙の手が伊多の袖をつかんだ。
「……」
「どうした?」
「一緒に、いてくれ…」
「…?湯入れてくるだけだから。少しだけ、待っててくれ」
「ん…」
 優しく頭を撫でると、伊多は浴室へと足を向けた。
    ―-先ほど感じた違和感を、まだぬぐえないまま…。

 浴室を整え、服を脱ぎながら脱衣場へ戻ると、槙も脱ぎ終えるところだった。
「大丈夫か?濡れたのはまとめとけよ。ほら、冷え切ってるからさっさと入って…ん?どうしたんだ、その腕。それに…」
 思わず、その身体を上から下へと見やった。
 脚にはところどころ圧迫されたような鬱血の痕、そして両腕にある無数の擦り傷――更に目についたのが、
両手首を一周する濃い紅い痕。
 それらは確実に、槙の身に何かあったことを物語っていた。
「っ、…」
「まぁ、いいや…そのまんまじゃどうにもできないからな。しみるかもしれないけど我慢な」
 伊多の言葉に何かを言いかけた槙だったが、促されるままともに浴室へと入った。

 一通り洗い終わり、湯船へと立ち上がりかけた時、槙が伊多の腕をとり小さな声で言った。
「…、…ナカ、気持ち、悪いんだ」
「ん?なか?…お腹?なんだ、具合悪いのか?だったら早くい」
「違う。…っ、ナカ、の、出して、くれ…」
「え…?」
 小さな小さな声で告げ、そろそろと手をまわした先は。
 それを見て、伊多はすべてがつながった気がした。

  ――訪ねてきた時の違和感、無数の擦り傷、拘束の証であろう手首の痕…

 みると、自分の腕をつかむ手が、小さく震えていた。

「…わかった。俺の首、掴まって。腰またいで座ってくれるか…」
 のろのろと、槙が伊多の言葉に従う。
「大丈夫か?なるべく早く済ませるから…つらかったら言って」
 槙は答える代りにぎゅっと伊多に抱きついた。


 負担をかけぬよう、石鹸を少し泡立て指ですくい、そっと槙の後口に触れた。そこは明らかに熱を持っていた。
 少しずつ解すように、やわやわと揉み、おもむろに指し入れた。
「…っ!」
 槙の身体がピクリと跳ねた。伊多は空いた手でなだめるようにその背を撫でると、ゆっくりと深く指を入れ、
ナカに残っているものを探った。
 どろりと、指にまとわりつくモノを感じ、指を2本に増やすと後口をゆっくりと広げた。
「ぁ…っ」
 とろとろとあふれだす白濁。そして、そこに薄く混じる赤。それを見た伊多は思わず顔をしかめた。一度引き抜いた自分の
指を見れば、そこにもうっすらと赤。
「槙…痛くないか?」
「ん、だい、じょ、ぶ…」
 震える声で槙が答えた。
「そか…ごめんな。もう少しだから、我慢して」
 こくこくとうなずくと、槙は抱きつく腕に力を込めた。
 それに応えるように背を撫でると、再び指をさし入れた。


  自分の首筋に顔を埋め、小さく震えて耐えている彼が、いつも以上にいとおしく感じ、

  それ以上に、

  自分の無力さを、伊多は感じていた。