桂城2



「元就お前何しよるんなら!」
 その姿が現れた瞬間、元澄が激昂した。
「何があるか分からん時世なんは、お前もよう分かっとろうが! 毛利の頭領がこげなときに出歩いて、なんかあったらどうすんじゃい!」
「わしの台詞じゃ阿呆んだれ!」
 厳しい声が響く。普段もの静かで考え深い元就の聞き慣れぬ大音声に、元忠がびくりと身体を震わせた。
「このくっそ忙しいんに、お前まで騒ぎ起こして……何考えとんじゃバカタレが!」
「そげにほっつき歩いといて、どの口が言うかい」
 元澄が低く吐き出す。
 元就が皮肉げに鼻で笑い、穿いていた太刀を取って、鞘ごと元澄へ投げ寄越した。
「わしは検使を寄越せゆうたんじゃ、太刀を寄越せとはゆうとらん」
 刀をするりと抜いて空に翳し、元澄が刃紋を確かめる。研ぎ澄まされた殺気を感じさせる刃に、元澄が自身の顔を写すと、元就が横で自慢げに笑った。昔から時折見せるのと同じ、意味ありげな笑みである。そして何でもないことのように、あっさりとのたまったのである。
「三人分じゃが、よう磨いどるけえすぐに使える」
「三人?」
「……元澄、元忠。腹を詰めるまえに、わしの首を取れ」
 言われた直後理解ができず、まず元澄が、次いで元忠が眉をひそめた。
 しかし元就は、戸惑う二人など相手にせず、草履を脱ぎ棄てた。そして勢いをつけて、どっかとその場に腰を下ろした。
「さぁ、やれ」
「……何を、言いよる」
 漸く状況を呑み込めた元澄が、唾を飲み込んで、何とか切り出した。被せるように元就が「腹を切らせてくれるんか。そんなら、短刀を寄こせ」と元澄を見上げる。
 元忠がどっと膝をつき、顔を伏せ元就の膝に両手をかけて、勢いよく首を振った。
「いけん、いけんですよ、殿……っ!」
「元忠は下がっとれ、危ないぞ。……元澄、早うやらんかい」
「でっ……きんに、決まっとろうが!」
 元澄が何とか言葉を絞り出す。弟の元忠は主の膝へ取りついて、元就の清々しい表情とは反対に、ただただ首を左右に振り続けている。泣きそうな弟の心中は、痛いほど察せられた。
「だ……大体、毛利の頭領が死んで、毛利家がどうなるっちゅうんじゃい!」
「前から出とったじゃろう、尼子から人を呼んで跡を継がせるゆう話が。それが駄目なら、就勝を還俗させてもええじゃないか。歴史に例がないわけじゃない」
 毛利家末弟の就勝は、足の不自由さゆえに出家させられた。その名を聞いて、元澄が忌々しげに眉根を顰める。
「この時世に足の自由に動かん頭領で、立ち行けると思うとるんか」
「この元就と大して違わん」
「何をゆうて……」
「桂が絶えればこの元就、腕を片方もがれたも同然じゃ。かたわの頭領に、何ができる」
 元就の言葉が、ざわめきの遠い空間に広がり、溶けて消えた。
 暫くは三人とも、何も言わなかった。消えかけの篝火だけが、低い音を立てて爆ぜている。
 空が、曙色に染まりはじめた。
 そして日輪の気配が見え始めたとき、元澄が刀を置いて膝をつき、元忠も慌てて姿勢を正して、二人は深々と頭を下げた。
「我が一族が、申し開きもできぬことを……この元澄と弟の元忠、一生の忠誠を殿にお誓い申し上げまする」

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