帰郷シリーズ 3 威風 〜故郷に二色編〜

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 高い天井と広い廊下に、二人分の足音が響く。
「まさか人ンちに遊びに行って、敬礼することになるとは思わなかった……」
 磐佐の言葉に、相嶋が呆れたように頭の後ろで手を組んだ。
「だから、そこまで礼を尽くす必要はないって言ったろ。もっと肩の力を抜けって」
「じゃぁなんで、お前が自分の親父に『ただいま戻りました』なんだよ」
 足を止めて口真似をし、直立不動で敬礼を再現してみせる。折よく一つの扉の前に立ち止った相嶋が、振り返って軽く肩をすくめた。
「俺にとっちゃ、それが普通なんだもん。そんなもんだろ、軍に進んだ息子なんて」
「……。……ところで、ここか?」
 とりあえず相嶋の隣に並んで、重厚な大きな扉を仰いだ。天井と同じように、扉も必要以上に高い。金の取っ手は細かな装飾が施され、相嶋が引っ張ると、ぎぎぎと似つかわしい重々しい音をたてて動いた。
「音ほど重かないんだよなー」
 そう言いながら、相嶋が扉を全開にする。大股で入っていく後に続くと、ふわりと真新しい風が顔を撫でた。
 最初に目に入ったのは、大きな張出窓が開け放たれて、レースのカーテンが風に揺れている光景だった。
 大理石の床が光を反射して眩しい。高い天井の真ん中には豪奢なシャンデリアが、床の光輝を受けて燦然として輝いている。部屋の真ん中にはソファと机が鎮座し、机のわきに覚えのある鞄が置いてあるのが見えた。
「ここがお前の部屋な。そこの鈴を鳴らすと執事が来るから」
 卓上の鈴を指差しながら、相嶋が大股に歩いて部屋を横切る。見れば隣にも部屋があり、相嶋の後を追って磐佐が部屋を覗き込むと、三人は並べそうなベッドが威圧感を放っていた。
「……え、なに? お前もここで寝んの?」
 その大きさに呆気にとられ、思わず尋ねた。寝室の窓からバルコニーに出ていた相嶋が、ひょいと室内に顔を覗かせて、面白そうに笑みを浮かべる。
「寂しいなら特別、添い寝してやろうか」
「寂しかないけどさぁ……だって無理じゃないだろ、このデカさは」
 そう言って、親指で背中越しにベッドを指し示す。
 しかし相嶋は全く頓着せず、バルコニーから戻りながら「寝相が悪くても落ちる心配はないからなー。そう考えたら便利だろ?」とのたまった。
「で? お前の言ってた『付き合ってほしいこと』ってなんなんだ」
 窓枠に背中を預けて腕を組み、磐佐はじろりと相嶋を見やった。ベッドの角に腰を落ちつけた相嶋が、後ろに両手をついて目をそらす。
「……言えないようなことなのか」
「いや、別にそういうわけじゃないけどな」
 歯切れが悪い。問い詰めるように睨みつけると、相嶋はごろりと身を横たえて、顔をそむけたままぼそりと呟いた。
「……ダンパ」
「は?」
「…………親父の政界仲間が集まって、ダンスパーティがあるんだよ、今夜」
 それを聞いた磐佐は目をぱちくりして、寝ころんだ相嶋の耳のあたりを凝視した。
「聞いてねぇよ」
「言ってないもん。……独身男は奥様方に群がられるぞー、新参なら尚更だ。ダンスのお相手で休む暇なんかないからな。覚悟しろよ」
 低い声で、ぼそりぼそりと相嶋が言葉を続ける。どうやら引っ張り出す気でいるらしいと悟って、磐佐の表情が固まった。
 最後にダンスに参加してから、何年経つのかもはっきりしない。学生時代に作法として教え込まれた覚えはあるが、練習相手と足を踏みあってばかりだったのだ。
「いや……でも俺、礼装は持ってきてねぇし」
 いつもの軍装に、いくばくかのシャツの替えがあるだけだ。まさかこの格好で、正式な社交の場に出ていけるはずもない。
 そう言ったつもりだったが、相嶋はそれを聞くと勢いよく身体を起こし、ぐるりと首を廻しながら磐佐に尋ねた。
「お前の礼服って、押入れの下の行李に収めてあったヤツだよな」
「……なんで過去形なんだよ」
 相手の口調に嫌な予感を覚えながら、それでもそんなはずはないと、磐佐が引き攣り笑いを浮かべて尋ねた。
 つられるように、同じような引き攣り笑いを浮かべて、相嶋が答えた。
「お前の礼装、持ってきた……って言ったらどうする?」
「……ホントに?」
 磐佐の問いに相嶋が黙って頷いて、ベッド脇に据えられていた鈴を振る。
 ほどなく持ってきた相嶋の鞄に、確かに自分の礼服が入っているのを見て、磐佐はその場で頭を抱えこんだ。


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