ただの馬鹿

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「やだっての! やめろ、ほっとけっ、かすり傷だ!」
 子供のように喚き声をあげる相嶋を押さえつけて、中津は傍らの生徒へ目配せをした。
「錯乱患者救命の演習だ、患者を押さえ付けろ」
「触るなっ、やめっ……痛い痛い痛い痛い! あいたたたたた右は触るな触るな!」
「貴様ら怯むなよ! 患者の言葉に耳を貸すな!」
 尻込みする生徒達を叱り飛ばす。相嶋の右腕は血で真っ赤に染まっていたが、この分なら心配の必要はないようだ。
 校内に入ってきた男が銃を携えていたのを見、その様子が可笑しかったものだから、流血沙汰は覚悟した。その男が狂ったように銃を乱射しはじめても、とくに驚きはしなかった。
「なッのに貴様ときたら……最初に飛び出すヤツがあるか、始末書もんだぞ」
 まったく呆れ果てた。まさに愚行だ。
 ため息をついて止血点を縛り上げる。
 距離を詰めた瞬間銃口が火を噴いたわけだが、それでも相手に組み掛かった相嶋は、ある意味本物の馬鹿ではなかろうか。
 弾が貫通していないのをいいことに、ここで箸を差し込む誘惑にかられたが、すでに担架の準備ができているらしい。
 中津の指示に従って両手両足を押さえる生徒達に、患者の怒声が飛んでいる。
 しかしこの場では、応急措置を施す中津が圧倒的に優位だ。
「痛い痛い痛い痛い! やめろっ! 試験落とさせるぞ!!」
「よし、担架への乗せ方も実習だ。まずは舌を噛まないよう……そう、さるぐつわを噛ませるんだったな」
「待てやめろ! 歩ける! ある……ふがっ!! はぐっ、ふがっ!!」
 本当は口に何かを詰めるだけでいいのだが、にやつきながらさるぐつわを準備している生徒に、中津もぐっと親指を立てた。さるぐつわを噛まされた相嶋が、四肢を抑えつけられて担架に乗せられる。錯乱状態の患者を運び出す訓練、臨場感たっぷりだ。
 あの様子なら歩けただろうが、いい実習の機会である。仮にも教員であれば、生徒の成長に役立てたことを、彼も喜んでいるに違いない。
「いやぁ、迫真の演技ですね」
 他の教員に耳打ちして、笑いあった。こんな状況でもしおらしくならない相嶋に、安心半分苛立ち半分なのは事実だったから、何針か縫えばいい……と思った。


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