貴様と俺とは 11

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 流した血を取り戻すのに、帰港までの丸一日は、十分足るものだった。
 上陸後の細かな処務は、すべて副長以下が片付けてくれるだろう。というより、押しつけたと言ったほうが正しいかもしれない。
「まだ仕事が残ってるんですが……!」
 そう言いながら書類片手に駆け回る部下を尻目に、磐佐と相嶋は最低限の確認だけ済ませると、そそくさと港を出た。

 まず二人はその足で、相嶋が借りたという古家へ向かった。
「煙草屋を左に曲がる、と」
「十メートル……あ、アレだな」
 こぢんまりとして、落ち着いた風情の家屋だった。金持ちの娼宅だったのだろうか。
 視界を遮る生け垣に囲まれて、庭には井戸を覆う屋根が覗いている。
 きょろきょろとあたりを見回しながら、二人で壊れかけた小さな門を抜けた。
「……お前、こういう家に住んだことあるのか?」
「カマド、初体験だ」
「最初はどうするつもりだったんだ……」
 軽く言葉を交わしながら、土間へ上がる。
 抱えていた艦からの運び出し物を放り出すと、それだけで張り出した縁がいっぱいになる。
「寝るだけには丁度いいだろ?」
「それだけに使うんじゃ、もったいないくらいだな」
「箪笥一棹にちゃぶ台、あと、いるものあるか」
 言いながら、相嶋が靴を脱いだ。習性で綺麗にそろえられた皮靴が、薄暗い土間に不釣り合いに光る。続いて磐佐も靴を脱ぎ、相嶋のあとを追って家へとあがった。
 どうせ男所帯、持ち出した最低限の着替えで、一週間は過ごせるはずだ。
 しかも今日は、持ち回り品を解く必要すらない。
「……明日すぐ出るのか?」
 磐佐が問うと、相嶋は片腕を吊った後姿で頷いた。
「できるだけ早い方がいいだろ。いっぺんキレちゃったしなー、俺は多分飛ばされるから」
「そうかもな」
 また引っ越す羽目になったらどうする気かと、磐佐が小さく笑った。
 ――明日にも、水面下で反戦に動いている人物に会わせたいという。
 相嶋のことである、どうせそんな活動にも顔を出しているのだろうと、予測はしていた。しかしまさか、自分も一口噛むことになるとは。
「……頑張ろうなー」
 畳にごろんと横になり、相嶋が楽しげに笑った。
「噛んだからには、な」
 真似して磐佐も寝転がると、藺草の香りが微かに、鼻腔を擽った。


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