流した血を取り戻すのに、帰港までの丸一日は、十分足るものだった。 上陸後の細かな処務は、すべて副長以下が片付けてくれるだろう。というより、押しつけたと言ったほうが正しいかもしれない。 「まだ仕事が残ってるんですが……!」 そう言いながら書類片手に駆け回る部下を尻目に、磐佐と相嶋は最低限の確認だけ済ませると、そそくさと港を出た。 まず二人はその足で、相嶋が借りたという古家へ向かった。 「煙草屋を左に曲がる、と」 「十メートル……あ、アレだな」 こぢんまりとして、落ち着いた風情の家屋だった。金持ちの娼宅だったのだろうか。 視界を遮る生け垣に囲まれて、庭には井戸を覆う屋根が覗いている。 きょろきょろとあたりを見回しながら、二人で壊れかけた小さな門を抜けた。 「……お前、こういう家に住んだことあるのか?」 「カマド、初体験だ」 「最初はどうするつもりだったんだ……」 軽く言葉を交わしながら、土間へ上がる。 抱えていた艦からの運び出し物を放り出すと、それだけで張り出した縁がいっぱいになる。 「寝るだけには丁度いいだろ?」 「それだけに使うんじゃ、もったいないくらいだな」 「箪笥一棹にちゃぶ台、あと、いるものあるか」 言いながら、相嶋が靴を脱いだ。習性で綺麗にそろえられた皮靴が、薄暗い土間に不釣り合いに光る。続いて磐佐も靴を脱ぎ、相嶋のあとを追って家へとあがった。 どうせ男所帯、持ち出した最低限の着替えで、一週間は過ごせるはずだ。 しかも今日は、持ち回り品を解く必要すらない。 「……明日すぐ出るのか?」 磐佐が問うと、相嶋は片腕を吊った後姿で頷いた。 「できるだけ早い方がいいだろ。いっぺんキレちゃったしなー、俺は多分飛ばされるから」 「そうかもな」 また引っ越す羽目になったらどうする気かと、磐佐が小さく笑った。 ――明日にも、水面下で反戦に動いている人物に会わせたいという。 相嶋のことである、どうせそんな活動にも顔を出しているのだろうと、予測はしていた。しかしまさか、自分も一口噛むことになるとは。 「……頑張ろうなー」 畳にごろんと横になり、相嶋が楽しげに笑った。 「噛んだからには、な」 真似して磐佐も寝転がると、藺草の香りが微かに、鼻腔を擽った。 |