まだ陶を敵に回すのは早かった、海沿いの城を次々に落としてしまったが、海から攻め込まれてはきっと敵わないと。 「毛利元就め。ようやく身の程を知ったと見える」 陶晴賢の家臣である三浦房清が、晴々とした声で胸をそらした。 その隣で、江良房栄が黙って下を向く。正面の弘中隆兼が、江良房栄の様子をちらりと物言いたげに見つめていた。 上座に座った陶晴賢も、無論正面の三浦房清もそれには気付かない。 「しかしもう遅い。この俺に楯ついたからには、相応の代償をはらって貰わんとな」 どこか重々しいものを含んだ声で、陶晴賢が低く呟く。 その恨み骨髄に達せんといった様子は、周囲にも伝染しているようだった。ぴりぴりと張り裂けそうな空気が、その場に低く立ちこめていた。 しかしそれ以上に、江良房栄や弘中隆兼には、毛利元就の姿が嫌な予感を伴って思い出されていた。 席を立ったのち、一人で歩きだそうとしていた江良房栄の背中を、弘中隆兼は咄嗟に追いかけた。 「江良殿! 江良房栄殿!」 自覚していた以上に鋭い声が、喉の奥からほとばしっていた。 それに驚いたのだろう、江良房栄が目を見開いて振り返った。 「どうかなされたか? 弘中殿」 「どうか、ではない! ……江良殿、何を考えておられる?」 声の鋭さもそのままに、弘中隆兼が詰問した。 目の前の江良房栄は、普段のように、知性に裏打ちされた穏やかな顔を崩していない。 しかし戦場に身を置いていれば自然と分かるもので、武にも通じた江良房栄の雰囲気が普段と違うことに、弘中隆兼という稀代の武将が気付かぬはずもなかった。 「……何を考えている、と……な」 弘中隆兼の言葉の意味を察したのだろう。江良房栄がうっすらと微笑んだ。 普段と違う妙な空気はそのままに「弘中殿ならえかろうて……多分お主も少しは考えたじゃろう」と、江良房栄は意味深長な言葉を口から漏らした。 「……弘中殿。お主は毛利元就の噂を、どう聞く?」 「どういう意味じゃ?」 「毛利元就は……ほんまに後悔をしておると思うか?」 どきり、と弘中隆兼の心臓が大きく鳴った。 (そのことか……――) 心当たりが、ないとは言えなかった。弘中隆兼も、真剣にそのことを考えていたのだ。毛利元就がそう簡単に、自らに不利な噂を広げるはずがない。 これまでも、様々な噂を駆使し、戦術の侮れぬことを示してきた毛利元就である。 「……いや、下らぬことを」 少しの間を開けて、江良房栄が朗らかに笑った。 「いや、何でもない。先日妻と喧嘩をしてしもうてな、それで考え事をしておっただけのこと。……今日にも仲直りする気じゃで、心配めさるな」 |