わだかまりがあるなら解消しろと、二人差し向かいに部屋に入れられた。それはいいが、なにを話すべきか見当もつかない。だからこそのわだかまりだったのである。
 ところがしばらくの沈黙ののち、それまでの重々しさとはまるで対照的な軽い口調が飛び出した。
「アレはどう考えても犯罪だよな。な。な」
「返す言葉もございません」
 視線を合わせないようにうつむいて、そのままその場で頭を垂れる。その口調が同じく軽いニュアンスを含んでいたのに勢いを得、次の言葉が重ねて飛び出した。
「無理矢理っつぅか、縛ったもんな。心配して見に行ってやったのにな」
「はい」
「しかもやったことが、」
 そこまで言って、言葉が途切れた。
 直接的に口にするのも、なにかためらわれる。
 何度か言葉を探すように目を泳がせ、結局続きは「なんつぅか、冗談とかじゃねぇしな」におちついた。
 しかし先ほどからバッサバッサと斬られていた方にしてみれば、そう伏せることでもない。「遠回りな言い方するなよ。抱いたってはっきり言えばいいじゃねーか」と顔を伏せたまますっぱり言い放つと、それを聞いた相手の眉根が、わずかに寄せられた。
「いや。あれは抱くっつーより犯すだろ」
「んー、嫌いなら確かに犯すだけどな。好きなら表現だって抱くになるだろ。まぁ、そっちがどう受け取ったかは知らねーけどさ」
 椅子の背もたれに身体を預け、視線を合わせないよう手元を見るともなしに眺めながら、そこだけは間違うなとはっきり言って聞かせる。
 それを聞いた方はふと顔を上げた。
 だがすぐに、思い直したように視線をはずし、今度は低い声で返事を返した。
「なるほど。じゃぁこっちにしてみれば、嫌いなら犯されるで、今回のは掘られるなんだな」
 その言葉に、それまで黙って下を向いていた顔が、きょとんとまっすぐ相手に向いた。その視線が、初めて相手の顔をまともに捉えた。
「なんだって?」
 相手が顔を上げたのを感じ、先ほどまで糾弾していたはずの顔を伏せて、やはり低い声が言葉を返す。
「あんなん、一般的に抱くとは言わないからな。そこは譲れねぇ」
「いやまて、そこじゃない」
 もどかしげに先を遮って、見開かれた目が、じっと相手を直視した。
「俺のこと、嫌いじゃねーの?」
 そう問うのも当然だった。すでに嫌われているものと思っていたのだ。
 しかし今の言葉は、まるで「嫌いではない」と言っているようだ。そんな都合のいいことなど、あるはずがないのに。
 葛藤に苛まれる心中を軽く蹴散らすように、今度は視線をはずしたまま、低い声が柔らかな色で空気を揺らした。
「嫌いな奴と、こうやって話すと思うか」
「は?」
 思わず聞き返した。
「ここまでヤラれても、まだ嫌いになんねーの?」
 唖然として問うと、相手はしばらく気まずげに目を泳がせて、やがて小さく苦笑を浮かべ目を上げた。
「ま、付き合い長いしな」
 その言葉とともに数秒間だけ、二人の目があった。
 そしてすぐに、続けて言葉を重ねながら、最初に口を開いた方が目を逸らす。
「貴様こそ、俺が嫌いなんじゃないのか?」
 それを聞いて、先ほどまで自責を顔に浮かべていた方は、きょとんと目を見開いた。
「え、なんで?」
「そこまでされるほど疎まれてたのかって、普通ならそう考えるだろ。何か間違ってるか?」
「間違ってるな。こちとらクタクタなのに、そのうえ嫌いな奴に勃たせてたまるか」
 ため息をつきながらそう言って手を伸ばし、煙草をくわえて火をつける。禁煙の文字など、あってないようなものである。
「じゃぁ、なんで無理矢理コトに及ぶんだよ」
「いきなり頼んで、合意もらえると思わないだろ」
 煙にまぎれて視線を逸らしながら、言い訳するように言葉を返した。
「いきなり頼むんでも、いきなり押し倒すよりマシだろ」
 それだけ返して、彼も黙って煙草を取った。
 再びおりた沈黙に、煙草の煙が溶けていく。
 ただ、今度の沈黙は、当初の重さをはらんではいない。
 いまはただ誤解の解けた気まずさを抱いて、特に口にする言葉も見つからず、じっと互いの様子を探っていた。






 二度目以降、ちょっと「ちゃんと」書きたくなってきたウハハハハ
 進