養父崎沖
静かな波の上に船で揺られ、何刻が過ぎたのだろう。頭上に輝いていた日輪は、いつのまにか西の空に傾こうとしている。
「……お出でにならんなぁ」
福原貞俊の声に、毛利元就が困ったように空を仰ぎ見た。
「まさかこの船に、穢れをもった者などおるまいにのぅ」
「鴉にも都合があるんじゃろうて」
そう言う桂元澄も、弥山を見やり内心気が気ではない。志道広良は船べりによりかかり、じっと海中を眺めていたが、顔をあげて若者たちを見回し「鷲が怖ぁて降りてこられんのじゃろう」と朗らかに笑った。
福原貞俊、桂元澄、志道広良、そして毛利元就の四人は、現在厳島神社の神事の真っ最中であった。船で島をぐるりと廻り、途中で団子を神の使いたる鴉に捧げるというもので、毛利が復興させた神事であるそうな。
しかし今日の神事は、普段と様子が違った。
待てど暮らせど、鴉が姿を現さないのだ。普段なら団子をついばみに降りてくるはずが、小さな影すら見当たらない。
「房顕よ、本当に鴉は出てくるのじゃろうな」
痺れを切らした元澄が、同乗していた厳島神社神主に問いかけた。
「出てくるはずでござりまするが」
普段は強気の棚守房顕も、今回ばかりは不安を覚えているのか、心配そうに厳島の霊峰弥山を見やっている。
「じいの言うとおり、ここに鷲がおられるゆえお出でにならぬ、ということは?」
「しかしこれまでも、元就様がお出でであろうと、神鴉は姿をお見せ下さりましたからな」
貞俊が問うたが房顕は首を横に振り、ちらりと元就をかえりみた。毛利の継字「元」に鷲の一部である「就」を負った名の持ち主は、そわそわと船の中を見回している。
「広良も、貞俊も、元澄も、穢れなどあるはずもないしのぅ」
「じゃからのぅ、やはり元就殿がおられるからじゃろうて。就の字だけでも、浜へ置いてくるべきだったかもしれんの」
「あとは元就が穢れとるか、じゃな。身に覚えはないんかい」
志道広良と桂元澄が、にやりと元就に迫る。元就が慌てて「そんなものないに決まっとろうが」と答えると、福原貞俊が「元就様に限っては、そのようなこと」と加勢した。
と突然、彼らの乗った船が、ぎぃ……と舳先を浜へ向けた。
棚守房顕の指示によって、鴉を待たねばならないはずの船が、ゆっくりと浜へ向けて漕ぎだしたのである。
「房顕どうした、ここで待つんじゃないんか」
驚いた貞俊が、房顕を振りかえった。残りの三人も同じ問いを顔に浮かべ、房顕を凝視する。彼らの疑問符を受けて、房顕が視線を浜へ投げた。
「あの浜の向こうに、社がござります。その社に、神鴉様が御姿をお見せ下さるよう、祈願致します」
それを聞いて、元澄が首を傾げた。
「祈願の祈願をするんか。本末転倒な気がするが」
「えてして『神事』とは、そのようなものでござりますれば」
房顕が笑う。口角を左右に引き上げて、目は海上に走らせて。
――神をも畏れぬ笑みで、厳島の長たる房顕が、哂う。
「……何とも恐ろしい」
貞俊が呟いた。年近い元澄がこくこくと頷く。
ただ一人、それまで浜に目をやっていた元就が「なんじゃ」と振り返ると、年長の広俊が穏やかに微笑んで、「なに、元就殿は厳島の神をも恐れさすということじゃ」と返した。
すいません、実は時代ちょっと違います。毛利家が再興した神事で、かつ、房顕がやったことのある神事。ってことは、多分再興したのは元就なんだよねー。
すなわち年代的に、これは変。まぁいいか、再興したのが毛利家っていう証拠もないわけだし、房顕がこの神事をやってたのは間違いないから。
水瀬の中での厳島権力ランキングは、大半の家臣<厳島大明神<毛利元就≦志道広良<棚守房顕、です。神主はタヌキおやじファイナルアンサー。