猿掛城出丸
赤子を抱いて現れた元就に、元澄は呆れたように口を開いた。
「元就、なんじゃその顔は。鼻の下が伸びきっておるぞ」
「見よ元澄、可愛かろう?」
可愛かろうと言うが、座した元澄からは、元就の抱く赤子は見えもしない。真っ白の産衣が、もぞもぞとうごめいているだけだ。
「わざわざ吉田から来たったんじゃ。その可愛い長男とやらを、ちいとわしにも見せんかい」
元澄が手を延ばして座るよう示したが、元就はちらりと元澄を見遣って、ぷいと顔を背けた。
「いやじゃ。わしの子じゃ」
「誰も取って喰おうとは言うとらんじゃろうが」
「わしが屈んで、もし少輔太郎が泣きだしたりしたら、なんとする」
赤子を抱く腕に力を込め、産衣を覗き込んで「のう、少輔太郎? そちも高い方がえかろう?」などとやっているのを見て、元澄は眉間に深い皺を刻んだ。
あの考え深い元就が……なんとも不気味である。
「……少輔太郎と申すのか。どれ、若の尊顔を拝し奉ろうかい」
よっこらせと大儀そうに立ち上がり、元就が逃げるよりも早く、元澄が産衣の中を覗き見た。
それは白く、ふわふわで、甘い香りの、つぶらな瞳をした、小さな小さな存在だった。
「……若」
元澄が、思わず小さな声で囁いた。
「……桂元澄と申しまする」
「桂家は毛利の腹心じゃ。よう使うてやれ」
囁くように、元就が先を続ける。その間に元澄が手を伸ばし、そっと産衣に触れた。
すると少輔太郎が、小さな手を、元澄の指へと延ばした。
少輔太郎のふくふくと白い手が、元澄の日焼けした逞しい指を、掌いっぱいにきゅうと握った。
「……奥方様の大手柄じゃ。女人だけでも、赤子はできるんじゃな」
「これ元澄。少輔太郎はわしの長男じゃぞ」
「誰が信じるかい」
そんな言葉を交わす青年二人の鼻の下は、すでに限界まで延びきっている。
遅れて祝いに駆け付けた広俊が、その様を見てぎょっと目を見開いたのは、しごく当然の成り行きだったと言えるだろう。