郡山城庭隅
安芸国人領主の青年は、名を毛利興元という。郡山城城主の長男として、若くしてその地位を継いだ。
若く気弱な当主を支え周囲を固めるのは、有力かつ老獪なる臣下である。
福原広俊、志道広良、桂広澄……――興元の父である先代領主にとっても、彼等は忠実な部下であった。その陣営は、興元後継の向後、興元を盛りたてていくこととなろう。
そして、そのもう一回り若い者達もまた、未来の興元を支える支柱となる。
とはいえそれはまだ先のこと。若者らはそれらしく、無謀さと闊達さを持ち合わせている。
「興元様じゃぁ、親父らを抑えきれんのじゃないか」
その一人である桂元澄が、チラリと本丸に目を遣った。元服を過ぎたばかり、逞しく精悍な青年である。本丸では、彼の父である広澄が興元に謁見しているはずだ。
「兄上が広良殿らを、抑える必要があるゆうんか」
同じく脇柱として、興元を盛りたてていく宿命を背負った弟の元就が、元澄の隣で柳眉を上げる。彼もまた、元服からそう歳を重ねていない。涼やかな目許をした、なかなかの美丈夫である。
元就の言葉を悠長ととったのか、元澄が足元の石ころを拾い上げ、大きく振りかぶって遠く放り投げた。
「忘れとるんか元就。説教好きな爺一歩手前の奴らのことじゃ、ほっときゃ何仕出かすか分からんぞ」
「お前の親父さんも、その中におるじゃろうが。だいたい皆にしても、毛利のためを思わんことはなかろう」
「ゆうても喧しい一因に変わりゃせんじゃろう。元就はそれじゃけ甘過ぎると言うとるんじゃに。ま、見よれ……いまに親父どもも、身体にガタがきよるで! そん時がますます厄介なことじゃ!!」
二つ目の石ころを放った元澄の、暴言とも言える言葉を聞いて、元就が声をあげて笑う。
「そがいなことになれば、困るんはわしらじゃないんか」
「わしは困らん。弟御もしかりじゃ。困るのは元就の専売特許じゃろう」
やはり豪語する言葉に、元就の笑いがいや深くなった。元澄の言う弟御とは、兄興元や元就の異母弟、相合元綱を指す。
元澄も、相合元綱も、ともに悩む気はないという。悩む癖は、確かに元就が最たるものであろう。
「まぁ、その前から……ずいぶん困ることには、なりそうじゃがの」
そう言って腰を落とし、足元の石ころを拾い上げ、振り返った元澄ににっと笑って見せる。そして元就も、それを放り投げた。
「当面は喧しい親父らに困って、その後は爺になった小五月蠅い親父らに手を焼く、っちゅうわけかい」
元就の言葉を聞いて、元澄が声をあげて笑った。
「……聞いとるぞ」
低い声に、元澄が動きを止めた。当初からその気配に気づいていた元就も、元澄ほどではないが、思わず肩に緊張を走らせた。
「ひっ…………お……親父殿!」
「お、おぉ広澄殿、用はお済みですか」
「元就様。まぁ用いうても、大したもんじゃない、すぐ済むもんですけぇのう」
広澄が、元就へは笑顔を向ける。そしてすぐに息子の元澄へ向き直り、その耳を弓で鳴らした剛腕で捻りあげた。
「元就様に何を吹き込んどるか……喧しい親父の説教を重々聞かせちゃろう、来い! では元就様、失礼致しまする」
そのままずるずると、元澄が引きずられていく。二人の姿を見送って、元就は何ごともなかったかのように身を翻した。
――助けてくれという視線の懇願は、……気付かなかった、ことにしよう。