帰郷シリーズ 4 歓待 〜故郷に二色編〜

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 着慣れない礼装は、違和感があるだろうと思っていた。
 ダンスの練習もなしに社交の場に引き出せば、たどたどしさでご婦人がたに群がられるだろうと想像した。
 だから礼装を思いのほかスマートに着こなし、足運びを身につけている姿は、完全に予想の外だったのだ。

 疲れた表情で帰ってきた磐佐に、相嶋が顔を寄せて、小さな声で耳打ちした。
「すごいな、なんて言うか……意外だ」
「引っ張りこんでおいて、その言い草か」
 磐佐が口の端をひん曲げる。相嶋は笑みでごまかして、詫びるようにグラスを差し出した。
「いやいやいや……それにしてもお疲れさん。なかなかのエスコートだったぜ?」
「お前には敵わねぇよ……こういう場に出るのすら、ぜんっぜん慣れてねぇのに」
 ひとくち含んで、磐佐が溜め息を言葉に変える。やれやれと首を振るのを見て、相嶋は傍目には分からない程度に眉をあげた。
「そうなのか? ずいぶん慣れて見えたぞ」
「バカ言うなよ。俺が喜んでダンスするような人間だと思うか」
「……まぁ、な」
 言われて考えてみれば、たしかに磐佐は、決して自分から社交の場に出る人種ではなかった。出るなら無礼講の飲み会であろう、それも先を争って酒量を競うような人間だ。
 そう考えると、不思議とほっと安堵した。磐佐はいつでも社交態度をかなぐり捨てられる、相嶋にとって数少ない相手なのだ。そうであってもらわないと困る。
 くすりと笑って、折よく近くに立っていた婦人の一人に、いつものように声をかけた。
 ――今日はお越し頂きありがたく思っている。自分は海軍に奉職しており、今日は同期を一人連れてきた。あいにく自分はダンスが苦手だが、友は得意らしい。ぜひ一曲、踊ってきてはどうか……――
「お、おいお前、何言って……」
「断るのは失礼だぞ……さ、行って来いよ」
 連れ去られ間際、磐佐が怨みがましく視線を送った。笑顔で手を振り、珍しい見せ物でも見るように、相嶋は笑いながら椅子に腰かけた。

 疲れきった表情をした磐佐が帰ってきたのは、ワルツを数曲も聞いた頃だった。
「も……もう嫌だ……疲れた……」
 ぐったり疲れ切った磐佐を見、相嶋が拳を握って笑いをこらえる。他人の目がなければ、床を拳でたたいての大爆笑だっただろう。
「何がそんなに面白いんだよ」
「何がったって……だってお前が大真面目に、三拍子なんか踏んでるから……」
 次々とやってくる申し込みを断り切れもせず、結局ぐったり疲れるまで踊りづめだった。その間椅子に座って、慣れた様子で他人を斡旋しながら、相嶋自身は存分に同期の堅苦しい様子を楽しんでいたのである。
「誰のせいだと思ってんだ……あとでブン殴るぞ」
「ゴメンゴメンって……じゃぁもう引き上げるか」
 笑いをこらえて立ち上がり、相嶋が足早に歩き出した。すぐに磐佐がそのあとに続く。
 正式な国家権力の服装に、憧れの視線は相応に集まった。だが速足で歩く二人に、緊急事態とでも思ったのか、誰も話しかけようとはしない。
 黙って廊下に出、そのまま大股に磐佐の部屋へ向かう。その間二人とも無言で、すれ違う家政婦たちが、総じて不思議そうな表情を見せる。それすら無視して磐佐の部屋につき、まず相嶋が、そして磐佐が続いて部屋に入り、重い扉を閉めた。
 途端に相嶋が膝をついて、今度こそ腹を抱えて笑い転げた。
「あー連れてきて良かった! お陰で俺はゆっくりできたし、楽しめたし、一石二鳥だったなぁー!」
「その『一石』って、俺のことだよな」
 磐佐の不機嫌な声に、相嶋が涙をぬぐいながら顔を上げる。
「ゴメン、本っ当にゴメン! でも俺だって、普段はアレを一人で負ってるんだぞ」
「お前は主催者の息子だからだろ」
 そう言って、磐佐がふと口をつぐみ、ふと眉をしかめた。そして一瞬何かを考え、突如顔をあげると、怪訝そうにじっと相嶋の顔を凝視した。
「……なんでお前、俺を連れてきた?」
「……生贄のため」
「ごまかされるかよ。お前一人、座りっ放しでも何とかなってただろ。なのになんで俺を呼んだ?」
 そう言って、磐佐がずいと相嶋に一歩近づく。
 その顔を見上げて両手をさしのばし、磐佐が引き上げて立ち上がらせてやると、相嶋はそのままてくてくと歩いて大きなソファに腰掛けた。
「いや……実は親父にさ、『たまには誰か連れてきてもいいんだぞ』ってイヤミ言われてたんだよな。そんな喧嘩の売り方されたら、買うのが男ってもんだろ」
 そう言って、相嶋が胸を張る。それを聞いて磐佐が指をこめかみに押し当て、首を傾げながら訊ねた。
「……あのな、それ、女連れてくるべきだったんじゃないか?」
「いいんだよ、俺結婚する気ないし、それは親父も知ってる」
 相嶋の言葉に、磐佐が再び首を傾げ、「本当にそれでいいのか……?」と呟いた。
 そしてはっと顔をあげ、肘掛けの上に浅く体重をかけながら、椅子の上の相嶋を見下ろした。
「なぁ、そういやまだお前の親父さん……相嶋公爵と、ちゃんと話してねぇんだけど」
「あ……。……ま、いいだろ」
 相嶋がくつくつと笑う。そして傍らの呼び鈴を取り、それを宙に掲げて「それより、二人で飲みなおそうぜ」と鈴を鳴らした。


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