第八章 要害 −3−

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 弘中隆兼が厳島に入り、水の手が断たれたという。
 宮尾城から連絡が入ると、毛利隆元が小さく皮肉な笑みを浮かべた。
「さすが弘中殿、迅速な決断だ」
 弘中隆兼と毛利隆元は二人とも、大内義隆より「隆」の字を賜った。隆元は幼いころ、大内義隆のもとに、遊学と称して人質に差し出されていた。陶晴賢はかつて陶隆房と名乗っていたが、その「隆」の字も大内義隆より賜ったもので、いうなれば弘中隆兼や毛利隆元と同じものを共有している。
 そういった数多の縁から、隆元は毛利の中でもとくに、大内に親しみを感じている一人である。
「弘中隆兼殿か……」
 元就も低く呟いて、低くうなり顎をこすった。
「……水の手が断たれるとはのう……」
 己斐豊後守たちは弘中隆兼から全力で、宮尾城を守っているという。しかしそれも、あと幾日持つものか。
「隆景から……村上水軍からまだ返答は来んのか!」
 三男の隆景は小早川家に養子に入り、小早川水軍を支配下に置いていた。同じ水軍の縁から、元就は瀬戸内沿岸を支配する村上水軍へのわたりを、息子の小早川隆景に頼んでいる。
 村上水軍へは、陶晴賢も援助要請をしているらしい。村上が毛利につくか、陶につくか……村上水軍の判断によっては、毛利は苦境に陥る。
 なんとしてでも、村上水軍を味方につけて、厳島で合戦を行わなければ……勝ち目は、ない。
「小早川隆景様からは、まだ、何も」
 かすかな元就の焦りをくみ取ったように、児玉就忠が首を振った。弟の児玉就方が、幔幕の外で何度も行ったり来たりしている。
「村上水軍のぼんくらどもめ、いつまで会議しくさっておるつもりだ」
「おおかた、潮風で頭の中まで錆ついておるのじゃろうな」
 幔幕の外で、桂元澄が答えている。元就が「聞こえておるぞ」と声をかけると、ならば良いかと言わんばかりに、二人が幔幕を跳ね上げて陣中へずかずかと入ってきた。
「やはり、返答を急かすべきでござりましょう!」
「村上水軍どもは、この決断がいかに重要であるか、分かっておらんのです!」
「まぁそういうな。村上水軍にとっては、顔を出さずともいい戦。慎重になるのも当然じゃろうが」
 元就が二人をいさめるが、頭に血ののぼった二人はまだ顔を紅潮させている。
 それを見て元就は小さく笑い、「……それにまだ、好機はある」と言葉を続けた。
「敵は軍船をほとんど持っておらん。弘中隆兼は軍船にも困っておるはずじゃ」
「ですが」
「……そうじゃ。とはいえ、ぐずぐずしてもおれんな」
 そう言って、元就の表情が硬くなった。優しい瞳がつと細くなり、怜悧な光が宿った。

「陶晴賢も、厳島に渡海しようとしておる。これ以上待つことはまかりならん。……――我らだけでも奇襲を決行すると、隆景に伝えよ」

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