最期



 気付けば自分の足はあの人が見つかった場所を目指していた。見つかった場所へ歩いていけるかと言われれば、この足一つで歩む自分にはそんなことは無理で、でも同じ場所を目指しているのは本当だったから、嘘はついていないつもりだった。
 あぁ、ここがあの人を飲み込んだのだ。この場所が。あの人はこうして同じように立ったのだろうか。斃れるまでも、同じようにここを見ていたのだろうか。ここに顔を埋め、意識遠のく中で、家族を友達を同僚を愛するひとを思い出したのだろうか。そして自分はその中に入っていたのだろうか。
 でも結局失われたものは戻らないし、あの人が立っていたとしてもそれは少し前の話で、今は世界中何処をさがしてもあの人はいないのだと知っているから、だからこそ自分もここに立っている。生きていけないなどというつもりはなくて、ただ、生きていく気がなかっただけだった。あの人がいない余生など想像もできなかった。
 どんなに苦しくとも怖くはない。あの人も感じたのだ。そう思えば、訪れるであろう苦痛すらいとおしかった。あの人を呑みこんだこの場所に自らも身を投じるというのはこの上もなく幸福なことのように思えて、それは今でも変わらない。同じ生き方をすれば同じところに逝けるだろうかと思ったことはあったが、愛していることに気付いたのが手遅れになったその時であったことは、まるで自分の人生そのもののようであった。
 とりあえず向こうであったらまずはぎゅぅと抱きしめて心配をさせられたのを詰り思い切り頬をはってやって最後にまたぎゅぅと抱きしめて今度こそ告白をしようと思いながら、足はどんどん進んで行く。怖くはなかった。楽しかった。止めてくれるべき相手が向こうから手招きをしているようで、何の疑問もなく、足だけがただまっすぐすすんで、そして最後にはまたそこに静寂のみが残っていく。




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