クイズ



 ふわりと軽いスカートをなびかせて、彼女はやってきた。
「ゴメンね、待った?」
 いつもの喫茶店のいつもの席に、彼女がすとんと腰をおろす。
 かれこれ15年以上の付き合いになる彼女は、年々可愛らしい雰囲気を備えていくようで、幼馴染みの僕はいつもハラハラしている。
 こんな片想い生活にも今日で別れを告げようと、僕は彼女を呼び出した。成就してもしなくても、片想い生活とは今日でおさらばだ。
「10分くらいしか待ってないよ。メロンソーダのフロート、好きだったよね?」
 ここにきたら、いつもメニューも見ずに頼むんだ。知らないわけがない。
「うん、大好き」
「良かった、頼んでおいたから」
 ウェイトレスさんにはちゃんと『連れが来たら、持ってくるようにして下さい』と頼んでおいた。アルバイト経験が長いのだろう、大学生と思しきウェイトレスさんは、悪戯っぽく笑ってOKしてくれた。
 うん、なかなか好調な滑り出し……――に見えるだろう。
 でもこれが、僕と彼女のいつもの距離。
 献身的だのマメ男だの、好き勝手なことを言われることもある。
 いいんだ、昔からこの距離なんだから。
 子分の面倒をみるガキ大将は、献身的だなんて言われない。それが普通だからだ。そんなもんなんだ。
 実際、旧知のやつらは誰も、僕のことをマメ男だなんて呼ばないんだよな。

「メロンソーダフロートのお客様」
 例のウェイトレスさんが笑顔とともに、綺麗な色のグラスを運んできた。
 僕が頼んでおいたアイスティーは、シロップとミルクをたっぷり添えてもらっている。
「あ、はいはい! 私です! わー、久し振りー」
 最近メロンソーダなんて飲んでなかったもん、と彼女が言って、さっそくスプーンに手をつける。
 それを見て、僕は慌ててシロップを入れる手を止めた。
「待った! 飲む前に、一ついい?」
 そうだ、これを先に言っちゃおうと思っていたんだ。
 結果がどう転んでも、そのあとまた、もとのように話したい。それには、このタイミングを外せない。
 彼女がくるまでの10分(といいつつ、実は30分以上も待っていたんだけど)で、悩みに悩んだすえの結論だ。
「問題?」
 思ったほど緊張しないな。やっぱり、ずっと一緒にいた相手だからかな。
「そう。……『いまから言う三つのなかに、一つだけ嘘があります』」
 三本の指をたてて、ゆっくりとそのうち一本だけ残して、二本の指を折る。彼女が真似をするように、人差し指を突き出して、二人の指先を触れ合わせた。
「一つだけ?」
 どきどきしない、けれど愛しい。
「うん。いい? いくよ」

「一つめ。『今から言うことは、嘘です』」

「二つめ。『今から言うことは、本当です』」

「三つめ。『僕は、君のことが好きです』」

 答えはたった一つ。
 ストレートに言うか、趣向を凝らすか、いろいろ考えた。
 そして結局、チキンな僕は、こんな言い方しかできなかったということだ。
 彼女が友達でなければ、もっとまっすぐ言えたかもしれない。でも、彼女と僕が友達である以上、その関係を壊す一言はどうしても口に出せない。
 なぜなんてどうでもいい。答えなんかない。そういうものなんだ。
「答えが分かったら、口付けてもいいよ」
 ストローを指差して笑う。
 これくらいのアドバンテージは取らせてもらってもいいだろう。

 そう思ったのに、彼女はすぐにストローを取って、袋を破りながらこう言ってきた。
「えー……じゃぁね、じゃぁ、私からも問題を出していい?」
 そんな!
 もう解けたのか……いやむしろこれはつまり、こっちの言葉は総スルーですか!!
 こっちがどんな思いでいたか、分かってるのか!(多分わかってないんだろう!)(それでも食い下がってやる、ことは緊急を要するのだ)
「ちょっと、こっちの答えは?」
「それはまたあとで。ね、一問だけ!」
 またあとで。
 ……後回しにされるような軽いことを言ったつもりは、ないんだけども。
「……しょうがないなぁ」
 また負けた……。
「『今から言う三つのなかに、一つだけ嘘があります』」
 え?
 ん?
 待て待て待て待て。待ちたまえ。どこかで聞いたフレーズだぞ?
「えぇっ?! 真似するのはズルイって!!」
 思わず異議を唱えた僕の言葉に、何の不思議なところもないはずだ。
 まったく……こっちがどんな思いで……
「真似じゃないよ、ちょっとだけ違うもの」
 そりゃぁ、確かに違ったけども……。
 そう言おうと思ったけど、彼女の眼は爛々としていた。これは多分、僕が折れなきゃ、話が進まない。
 嗚呼…………また負けた……。
「……わかった。じゃぁ、出して」

「一つめ、『今から言うことは、本当です』」

「二つめ、『今から言うことは、嘘です』」

「三つめ、『私は、あなたのことが好きです』」

 一つだけ、嘘があるんだよな。ということは…………。
「答えが分かったら、目を閉じて」
 彼女が笑っている。
 あっというまに同じ問題で切り返されるとは、思ってもみなかった。
 もうちょっと考えてみないと、最後の重大な一言が「否定」されたのか「肯定」されたのか、つかむことができない。
 よくよく考えて、やがて僕は、黙って目を閉じた。
「ちゃんと閉じた?」
 彼女が確かめてくる。目の前で手でもふっているのか、頬にかすかに風を感じた。
「うん、閉じたよ」
 僕は、口角を引き締めて頷いた。

 とたん唇に感じた、何か温かい感触。

 まさか!
 嘘だろ!
 いま唇に感じたのは、もしかして、もしかする?!
 少し唇が甘い。メロンソーダの味だ。
 あぁ、顔がどんどん赤くなってくる。
「……えっ? なに、いま、何したの?!」
 思わず口をあんぐりと開けてしまった。
 でも、
「答えが分かったら、口付ていいんでしょ?」
 彼女はそう言って、何食わぬ顔でアイスをひと匙すくって食べた。

「……奪っちゃった」

「口付けていいって……あぁもう、そっちじゃない!!」




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