オママゴト



 夏。
 真っ青な空がどこまでも広がる下で、大きな楠の枝を張った木陰の中であった。 太陽の光を反射するがごとき白い砂の上で、二つの小さな影が蠢いて居た。
 少女である。
 二人の少女は今、ごく最近知ったばかりの遊びである、オママゴトなるものに挑戦しているのである。
 然してにも関わらず、二人はそのオママゴトとやらの遊び方を、詳しくは知らない。 知らないが故に、二人の少女は、自分たちが知るオママゴトをその場で実践してみようとしていたのであった。
 無論、少女二人で遊ぶにはあまりに難しい遊びであることを、無知で無垢なる二人が知る由もない。 そして幼子にとっては、如何な状況も、この遊戯に色を付ける以外には何事をもなしえないのであった。
「じゃあ、春子ちゃんがとなりのおくさんね」
「じゃあ、秋子ちゃんがはすむかいのおくさんね」
 そうして、この奇妙なオママゴトは始まったのである。

「おあついですこと」
「そうですわね。さいきんはうちのむすこもだらけきってしまって」
 始まった会話は、まずは大人の真似をすることから始まった。 どちらかの母親を真似たものか、井戸端会議の言葉を聞きかじったものか、その言葉はなかなかに様になって居る。
「うちの夫も、いつもねてばかり」
「ただでさえものがないのに、はたらく気にもならないで」
 みんみんと蝉が鳴いている。七日の命の蝉は、然し彼女たちより古くから、この場所にみんみんと云う声を齎して居る。
「そういえば、角のとうふ屋さんの息子さんも、出てらっしゃるんですって」
「まあまあ、理学の生徒さんはいつまで残っていらっしゃるかと思ってたんですけどねえ」
 ほほほほ、と笑う声がする。木陰に、黒い影が二つ。
 日は高く登った。他には誰もいない。遠くで何やら犬の声がする。
「明日が壮行会ですってよ」
「家からも何か持っていかなくてはなりませんねえ」
「何が宜しいかしら」
「何か精の付くものでも」
 犬の声に交じって、草野球の声が聞こえた。
 二つの影がほほほと笑う。
「一人でも多く米兵を」
「一人でも多く英兵を」

 遠く、サイレンが、警報が、風に唸った。
 サイレンが、警報が、サイレンが、警報が、サイレンが、警報が

「あ、もうおひる」
「わたし、ごはんたべにかえらなくっちゃ」
 春子と秋子が目をぱちくりした。
「きょうのごはんはかれーらいすよ」
「わたしのうちはすぱげてぃよ」
 にこにこと、少女たちは手を振る。
「じゃあね、春子ちゃん」
「じゃあね、秋子ちゃん」
 そうして少女が去っていく。
 残されたのは、ずっと変わらぬ蝉の声。

 みんみん。
 みんみんみんみん。
 みんみんみんみんみんみんみんみん……――




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