彼と私の同窓会



 同窓会の席でのこと。

「もう覚えてないかもしれないけど、あのとき庇ってくれて、ありがとう」
 まさか彼は、覚えてもないだろう。
 それでも、何年ものあいだずっと気にしていた一言を、その日私はようやく口にした。
 すると彼は、一瞬驚いた顔をした。そして、にこっと笑った。
「覚えてるよ、うん」
 ……――驚いたのは、私のほうだった。

 男勝りで、口のよく回る子どもだった小学生時代。
 あれは六年生、季節は冬だったのだろうか、記憶の中にストーブがぼんやりと今でも思い浮かぶ。
 きっかけは覚えていない、きっと些細なことだったのだと思う。ただ、互いにむきになったあげく、男の子たちのグループと私が、すさまじい口論を繰り広げたのだ。
「ばーか!」
「ちびの泣き虫!」
 何の益もない、ただ相手を貶めるためだけの言葉を、思いついた端から口に出していく。
 そのうち、私は泣きべそをかきはじめた。一対多なんて卑怯だと、泣きじゃくりながら相手を無為に糾弾しては、無用で必死な罵倒をさらに引き出した。
 他のクラスメートたちも、巻き込まれてはかなわないとばかりに、遠巻きに喧嘩の行方を見つめていた。
 散々の言い合いに疲れ果てていた私は、彼女たちまでもが私の敵に回ったように感じ、軽い絶望すら覚えていたように思う。
 そんなときだった。
「そろそろさ、その辺でやめろよ」
 彼が声を掛けてくれたのは。

「……覚えてたんだ。てっきり、忘れたかと思ってた」
 まさか覚えていたなんて。
 あんな、些細なヒトコマを?
 思わず相手の顔をまじまじと見つめた。アルコールの力を借りていなければ、咄嗟にごまかしの言葉を探していたかもしれない。あの頃から、よく回るだけの私の口は、なんの成長も遂げてはいない。
「忘れられないよ」
 彼が笑う。
「でもあの時、結構つっけんどんにされて、俺はかなり傷ついたんだけどなー」
 それを聞いて、私はさらに大きく目を見開いた。
「えっ? そんな反応したっけ?」
「したしたー。俺びっくりしたもん」
 彼の言葉に絶句したまま、手のやり場に困ってグラスを取る。
 自分がどんな反応をしたのか、すぐに想像できた。思わぬ味方を得て、気恥ずかしさでどうしていいか分からなくなり、可愛げのないことを言い捨てたのだろう。
「そのあとすぐに、教室を飛び出したのは覚えてるんだけど」
「放課後だったもんな、あのまんま帰ったんでしょ? 背中が見えたの覚えてる」
 彼の言葉に、どんどん記憶がよみがえる。
 そうだった。あれは放課後の話で、いつもはクラスに対して情熱的な担任の先生が、職員室に戻っていたときの出来事だったのだ。
「……私、意外となんにも覚えてないや」
 思わず笑って、机の上のグラスを所在なく廻した。
「ひでぇ」
 彼も笑って、そばを通りかかった店員にビールを頼む。
 横画を見ているうちになぜだか可笑しくなってきて、私は肩を震わせながら、彼の顔をちらりと見た。
「ついでだから言っておくね。あの頃私、君のこと好きだったんだよ、多分」
「へぇ? 初耳ー」
 ビールを受け取りながら、彼も笑いだす。
 グラスを持ち上げて彼にかざすと、長かった月日がようやく縮まった。
 あれから一言も話さないまま、長い月日が過ぎてしまっていた。それでもこうして思い出話に、あの頃のことを話せるくらいには、彼も私も大人になっていた。
「和解に、乾杯」
「おう、乾杯」
 グラスの鳴る音、その向こうに見える懐かしい笑顔。
 視界がなぜだかぼやけて見えて、私は慌てて顔をそむけ、頬につたった涙を拭った。




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