千秋楽

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 同期の一人が殉職した。殉職者の一周忌に合わせて、追悼会が開かれた。
 直後に控える同窓会には、四十名に満たない学年のほぼ全員が集う予定になっている。
「同窓会ついでに線香を向けるのだ」と当人に言ったところで、故人は笑って許すだろう。「読経を聞きにくるなんて酔狂な真似、誰がするかよ」とすら、彼なら言うのかもしれない。
「今日同窓会開こうって言いだしたのは、相嶋なんだろう? どうしていないんだ」
「同窓会には顔を出す、だってさ」
 笑い交じりの声が、読経の染みわたる厳かな庭で小さく交わされる。
「追悼されてる当人だって、同窓会にしか来ないだろうしな」
「だろうな。磐佐のことだ、読経されたところで寝こけてんだろうよ」
 過去、同窓の葬儀があるたびに、同じような会話を交わした。
 いつか己が死んだときも、同じような会話が交わされるのだろう。そしてもし戻ってくるなら、やはりその会話の場所に戻り、同じ台詞を聞いているのに違いない。
「俺、写真帖持ってきたんだ」
「おぉ、いいなぁ。あとで、皆で見てみよう」
 和気藹藹とした空気は、誰がいようともいなくとも、限りなく続いていく。
 それは、忘れたからでない。それこそが彼等に遺されたものだからだ。



 預かったままの手帳をめくり、頬杖をついたまま、相嶋は小さく微笑んだ。
「……汚ねー字」
 かつての磐佐の持ち物は、一部を遺族に引き渡した。残りは相嶋が貰い受けている。
 当初は一切合財を渡すつもりでいた。しかし故人の姉夫婦は、「私たちよりあの子に近しいのは、あなたでしょう?」と言って、荷物の大半を送り返してきたのである。
 その中には、彼の日記や手帳、大事にしていた書籍、貸したまま返ってこないと思っていた衣服まで混じっていた。
 おかげで相嶋の居宅には、いまだに磐佐の気配が色濃い。いま相嶋がひっかけている着流しも、じつは磐佐から借りたままになっているものである。
 適当に開いたページを眺め、くすりと笑いがこぼれる。
「なんで、俺が読むのを前提に書いてるんだよ……」
 もしものときは部下を頼むだの、残った貯金は誰に渡してくれだの、遺書めいた走り書きのあて先はことごとく相嶋になっている。もう何度も読み返した文字だ。
「そりゃお姉さんたちも、俺に渡してくるよな」
『追弔金は、姪の嫁入りのために貯金してくれるよう、姉に伝えておいてくれ』という内容を見たときには、さすがに「そんなことは身内に直に伝えておけ」と呆れ果てたものだ。
 あれから一年の間に、頼まれたことは、だいたい終わらせた。事件の報告書が作成され、国際問題は二点三点の様相を見せた。
 彼の声を聞かない日々にも慣れてきた。
 それでも相嶋は、磐佐を失ったわけではない。

 磐佐がいたとして。
 彼がここにいたとしても、追悼会は寝て過ごし、彼も同窓会にだけ顔を出すのだろう。
「……よし、そろそろ同窓会に行くか」
 立ちあがって取り出したシャツが、磐佐に貸して遺品として戻ってきたものであることに気付き、相嶋は小さく笑った。
 そして衣桁に着流しを引っ掛けて、勢いよくシャツを羽織った。





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