他国で戦争が起きていた。 隣国とも言えない、海の向こうの国である。多国籍軍に幾許かの戦力を投入し、特需で国内の産業は潤い、経済は活気に満ちていた。 「……本当は、これ以上首を突っ込むべきじゃないんだろう。だから小規模で構わない。ただ、いますぐ派遣できる艦を、いくつか早急に見つくろってくれ」 そう言い置いて、捜し当てたのだろう書類を抱え、上司がそそくさと部屋を去った。 ばたんとドアが閉まるのを待って、島崎が立ち上がり、少しだけ開いていたキャビネットの扉を閉めた。相嶋が椅子の背にもたれ、頭を後ろに倒す。眉根に深い皺をよせて、彼はそのまま憎々しげに毒づいた。 「忙しいって分かってんなら仕事を押し付けるな、ですよねー」 「仕方がないだろう、向こうの方がいくらも忙しいんだ」 さっそく手元のファイルを開きながら、島崎が静かに答えた。相嶋にとってはかつての先輩であり、現在は異例の昇進で相嶋の上司に就いている。その彼は素早く数枚の書類を抜きだして、机の上に次々と並べながら淡々と言葉をついだ。 「それに『職業軍人』が足りないのは、決して不幸なことじゃない」 ……――かつて育成学校がその門を狭めた、その名残の人員不足だった。国が平穏無事だからこそ、まかり通っている現状だ。 人数が足りない軍内部では、あちらこちらで兼職が相次いだ。 相嶋も島崎も艦隊付き参謀だが、実質体力を消耗する艦隊勤務ではない。そのため『内地にも同時に職を持つ一員』として、事務仕事の兼職体勢をとっている。 「まったくこんなに縮小して、何かあったらどうする気なんでしょうね。例えばですよ? いま、もし万が一近隣から宣戦布告されたら、俺らはどうすりゃいいですか」 相嶋がぼやきながら、抜きだされた書類をまとめてパラパラとめくった。 「万が一そういうことになれば……即時性を考えて俺たちは内地待機、長官と艦隊のみで出撃することになるだろうな」 島崎の言葉に、相嶋が自分で引き出した答えながら、苦汁を飲まされたように黙り込んだ。 普段は常備艦隊にいる二人にとって、その艦隊員たちは単なる親しみ以上に、生死をともにする覚悟を固めた相手であった。 しかし常に一緒にいることができなければ、万一の出撃に間に合わない。 「……――そういう出撃を防ぐため、内地に職を持っているんだ」 静かな口調で、島崎が断じた。 職の性質上、現場に出ては、起きたことにしか対処ができない。予防策をも取るために内地との兼職を承認したことを、相嶋も忘れてはいない。 行動に移しにくい分、情報を集めて全体像を練り上げるのに、中枢は長けている。万が一を防ぐために、二人はそこにいる。 「……そうですね」 頷いて書類を再び一つにまとめ、顔をあげ、相嶋が紙束を島崎へ返した。 「上から順に、派遣候補を並べなおしてあります」 「基準は」 「第一に所属、第二に排水量です。我が国は大型艦を派遣、ただし姿勢は攻撃よりも仲介にまわるのが得策でしょう。特需で潤っている経済相は反対するでしょうから、仲介の際には裏で手を回す必要があるかもしれません。戦闘に巻き込まれないよう、一般記者を連れて行くのも一つの案でしょう」 相嶋の言葉を聞きながら、島崎が黙って書類に目を通す。そしてしばらくの沈黙ののち、「いや……インフレ整備になるなら、経済相も賛成するかもしれないぞ」と呟きながら、椅子を引き素早く席についた。 「常備から旗艦を出す言い訳は、先輩が考えて下さい」 「なんとでも言いくるめる」 ふざけたような相嶋の言葉に、島崎が静かに答える。それに重ねて、相嶋が問い掛けた。 「……この派遣に旗艦が向かうなら、俺たちも同行するんですよね。専属艦ですもんね」 「あぁ」 帰ってきた答えに安堵の表情を浮かべた相嶋が、ようやくかすかに笑みを浮かべて、窓の外へと目をやった。 攻撃に赴くわけではない。攻撃するつもりもない。 その通達に沿っての長官判断で、武器火薬は最低限に抑えられた。 「相手をぴりぴりさせるのも申し訳ないから、あくまで友好大使の心持でいるように」 「我が海軍の品位を落とさない程度に、楽しんで行こう」 平和主義の長官と、享楽主義的な艦長の指示のもと、一隻の艦が出港の命令を受けた。 |