Tatsuya Side



 先に逝ったはずの直人が、目の前にいる。だから、これは夢だ。
「変な夢、見るんだろ。多分溜まってるんだ」
 からかうような物言いが、胸が詰まるほど懐かしい。
 年上だからか、羞恥で素直になれない達哉の心情を、直人はいつでもすっかり把握していた。
 以前と同じ、直人は達哉のことを、いまでも全部把握しているように見えた。
「えっ、何で知って…」
「…………。……俺は何でも知ってるんだよ」
 それを聞いて、素直になれない悪い癖の抜けない達哉は、思わず首を背ける。
「…先に逝った奴が何言ってる」
 一人にしたくせに。
 先に逝ったりしないと、約束したくせに。
「それは、悪いと思ってるよ…だからこうして、ずっとそばに…じゃなかった、たまに夢にだな」
「……夢で悩み解消なんかできるか」
「人生の三分の一は寝てるんだ、なんとかなるかもしれないだろ。それとも、そんな大変な悩みなのか?」
 本当は、夢だろうと、会えたことが嬉しかった。こんな態度を取りたくない。しかしそれを伝えようとすると、言葉が咽喉の奥でからむ。
 それでも優しい物言いに、心を解かれるようにして、達哉はぽつりと言葉を口にした。
「いや、その…変な夢ばっかり見るんだ」
「ん、なんだよ。詳しく話してみろ」
「…はっきり覚えてる訳じゃないんだけど…その…、」
「ぼんやりとは覚えてるわけだな。どんな夢なんだ?」
 直人の声が優しい。
 顔が熱くなるのを感じた。思わず目を伏せながら、達哉は小さな声で、ぽつりと答えた。
「…、エロい、夢」
「…というと?女の子の夢、とか?」
「そ、そうじゃなくて…、っ、分かれよっ」
 よく覚えているわけではない。ただ、ぼんやりと、身体が直人を求めていた。
 夢の中のことを、夢のなかで相談する。それは、直人がまるで生きているような、そんな気にさせられた。
「あー、…ごめんごめん、もじもじするのが可愛くて、つい。…やっぱり、溜まってるんだろ?」
「か、からかうなら、出てくんなっ」
 直人の言葉に、思わず声を上げる。
 女の子の夢だったら、こんなふうに相談したりしないことくらい、直人も最初から分かっているのだ。
 冷えた涙のあととともに目が覚める。そしてその手を思い出しながら、一人で自身の熱を宥める。その寂しさを、直人は知らないのだ。
「でも、出さないとつらいだろ。手伝ってやるよ…目が覚めないうちに、さ」
「夢の中で出したって目が覚めたら…それに自分で抜いてるし」
「ふぅん…俺に操立ててくれてるんだ。嬉しいな…」
 達哉の言葉に、直人の手が頬へ触れた。額がこつんと微かに触れあう。
 温かさに甘えそうになり、達哉は慌てて距離を開けた。
「べ、別にッ、他にイイやついないだけでッ…」
「他に…って、他の男試したのか?」
「!もういないお前には関係ないだろっ」
 他の男など、試すわけがない。相手は、直人以外考えられなかった。
 それでも、自分を置いて先に逝った奴へ、嫌味の一言でも言いたかったのだ。
「そっか、まぁ……幸せなら、それでいいさ。…でも俺は、…お前だけだったんだからな…」
 達哉の言葉を聞いて、直人は微かに、さびしそうな頬笑みを浮かべた。途端、達哉がはじかれるように顔を上げる。
「そ、それは、俺もだよっ…なのに、先にっ…」
 言い掛けた言葉は、言葉にならなかった。
 口に出すと、目が覚めてしまいそうで怖い。
 思わず俯くと、視界がじわりとぼやけた。
「うん。…うん。ゴメン。…俺だって、会えないの、寂しいんだぞ?」
 腕を回されて抱き寄せられ、身体が震えた。
 身体の関係だけではない。
 彼がいないことが、ただどうしようもなく哀しい。
「っ、さみしい、よ…」
「…会いに、くるし……俺はさ、いつもそばにいるから」
「ぅ、ん…っ」
 優しく髪を撫でられる。
 背中に手を回すと、懐かしい温かさがあった。