目が回る。
「……酔ったかな……」
 相嶋が小さく呟いて、ベッドへ仰向けに倒れた。お世辞にも広いとは言い難いが、ないよりいくらもマシだ。
 ただしここは、自分の部屋ではなかった。部屋の主は仰向けになった視界の隅で、訪問者を見るともなく見つめていた。
「おい、お前も酔ってるんだろう?」
 トロンとした瞳で問い掛け、くしゃりと笑いかける。磐佐は黙ったままだったが、知ったことではないとばかりに、相嶋は言葉を続けた。
「なんなら一緒に寝ないか」
 暑い。
 シャツの釦を外すと、鎖骨に触れた指先が、肌の火照っているのを感じた。
「あぁ、いや……お前はまだ、酔ってるようには見えないな」
 一人でそう言って、またくすくすと笑う。
 磐佐が立ち上がるのが見え、ベッドに入って来るなら場所を空けなくてはと、ぼんやり考えた。
 重い身体を引きずって、少し身じろぎする。
 しかし避けるより早く、彼はまっすぐに、ベッドの傍らに歩んできた。そしておもむろに、その長身をくの字に折った。
「どうし……」
 相嶋の言葉が、途中で途切れた。

 気付いたときには、唇が重なっていた。

 何が起きているのか理解できないでいるうちに、磐佐の指先が直に顎に触れ、かすかに唇を開かせた。そして何かを思う暇もなく、差し入れられた舌先が口内を探りだした。
 動きに応え、自分も無意識に舌を絡める。こうなってしまえばあとはもう、男も女も関係ない。
「ふっ……、……は」
 合間を縫って息を吐く。
 小休止のように唇が離れ、しかしすぐにまた、意識が一箇所へと集められた。
 意外と巧い。
 そんな感想が一瞬脳裏を過ぎった。身体の芯がぞくりと疼く。唇だけの触れ合いでこんな感覚を覚えたのは、生まれて初めてだった。
 男に抱かれる女は、口付けのたびにこんな感覚を抱いているのだろうか。
 ただ快感を追いながら幾度も息を吐き、その度にそれを奪われ、また奪い合った。他には、何も考えられなかった。

 そうして散々口腔を犯しあってから、銀糸を啄むように最後に軽く口付けて、磐佐が静かにベッドを離れた。そして彼は、何も言わずに部屋を出た。
 その背中を見送って、思わず息を吐き出す。
「……酒癖、悪すぎ」
 口に出した途端おかしくなって、思わずぷっと吹き出した。
 今までこんな性癖を持っているなど、聞いたこともなかった。ということは翌日には、前夜の所業など、すっかり忘れる体質なのだろう。
「明日にはケロッとしてんだろな」
 そう呟く唇で、先程まで貪りあっていたことに、不思議な可笑しさを感じた。
 温かさも似合わぬ柔らかさも、一生忘れようがないだろう。このあと彼が誰を襲おうと構いはしなかった。それより自分が触れ合った事実が、いくらも重要だ。
 まさか、向こうから来てくれるとは。
「僥倖、僥倖……」
 小さく呟いて、指先で余韻をなぞるように、唇に触れた。そこはまだ、低く疼いている。





 まっすぐ外へ向かい、扉を閉めた瞬間、磐佐は頭を抱えてしゃがみこんだ。
(俺はいったい……何やってんだ……)
 酔ってなどいなかった。ただ、くつくつと笑った相手の唇に、触れてみたい衝動にかられたのだ……としか言いようがない。
 あいつは、何を思って応えたのだろう。
 ともかく、彼我も分からなくなるほど酔っていたことは間違いない。そうでなければ、彼が自分の求めに応える理由など、どこにもないのだから。
「忘れて、くれるよな……?」
 余韻の残る唇で、小さく呟いた。
 口の端が濡れているのに気付いたが、拭う勇気もない。
 唇に触れれば、先程の衝動が戻ってきそうで、怖くて動くことができなかった。




なぜ……なぜ男女で書かない……!