ぺろりと首筋に舌を這わした瞬間、槙の両腕が首元に絡みついた。
「ひろや…」
「こ、う…、…?」
「抱い、て…」
 思わぬ言葉に、思わず耳を疑った。
 槙が小さな声で言いつのる。
「だめ、か…?」
「えっ…そりゃ、嬉しいけど…どう、した…?」
 両腕が泳ぐ。なんとか柔らかく抱き返したが、戸惑いはぬぐえない。
 様子がおかしいのは分かる。しかし奈何せん経験不足で、こんなときどうしていいのかわからない。
「っ、…俺から誘って欲しいって、言ってただろ」
「それは、言ったけど……無理、してないか」
「容赦なく襲ってくるのに、俺の頼みは聞いてくれないのか…?」
 躊躇っていると、槙が強く抱きついてきた。
 そっと頬に手を当てて、顔上げさせ、控えめにキスを落とす。
「…聞かないわけ、ないだろ…」
「ん…」
 舌先を出してくる積極さに、様子を見ながら何度も口付けを繰り返していると、槙の腕がそろりと動いた。
「ん、ふ…」
「……っ、……いいよ、任せてくれれば」
 ためらいがちにズボンへ触れた手を、そっと握り返して制止する。
「でも…」
「不安?」
「それは、ない…」
「じゃ、いいだろ…」
 素肌を撫でながら再び口づけて、片手でシャツの下を探る。
「ぁ…、ん」
 空いた片方の手でズボンの前を寛げると、槙は小さく鳴いて、ちゅっと軽く伊多の首筋を吸い上げた。
「…ん…今日、積極的だな…」
 うなじにキスを返しながら、差し入れた手でぐっと前を扱く。
「んぁっ…あ、」
「…そこ、座って」
 ぴくんと動いた身体を支えて背後を目で示すと、槙は一瞬戸惑ったように、伊多をちらりと見上げた。
「え、テー、ブル、に…?」
「立てなくなったら、困るだろ…?」
「だったら、ソファか、ベッドに、ぁあっ」
 前を刺激するだけで、膝がかくんと力を失う。
「待てない…。それに、立てない、だろ…」
「あ、で、も…ん、ぁ…」
「なに?」
 シャツを脱がせて、足を撫でるようにズボンへ手を差し入れる。
 恥ずかしそうに眼を伏せて、槙が小さく呟いた。
「こんな、とこで…シたこと、ないし…」
「幸から誘ってくれたことだって、ほとんどないしさ。…イヤ?」
「イヤだったら、誘ってない…けど…テーブル、汚れる、し」
 もじもじとする槙に我慢できず、鎖骨を舌でつつっとなぞる。
 腰を支えてテーブルに身体を乗せてやると、抵抗の様子もなく、槙はゆっくりと体重を預けた。
「イヤじゃ、ない?」
「ん…」
「あとで、ちゃんと消毒するから」
 テーブルの上に身体を横たえて、するりとズボンを引き抜く。
 指を舐め、性急に入口を撫でると、槙はふるりと身体を震わせて声をあげた。
「消毒って、あ、んあっ!や、ぁ、いき、なりっ」
「ゴメン、…ちょっと、俺も…キてて」
「あ…、ん…」
 勢いに任せて、下着を取り払う。床の上に布が落ちて、ぱさりと微かな音を立てた。
「…大丈夫か?…痛くない?」
 いままで、床の上に押し倒したり、壁に押し付けたり、無茶は何度かしている。
 それでも痛いのは嫌だと、唇を近づけて尋ねると、槙はこくんと赤くなって頷いた。
「がまん、する…」
「んっ…ありがとな…」
 愛おしさに唇を重ねながら、伊多は何度か入口をなでる。
 そして、そこが緩んだのを見計らい、指を二本重ねて差し込んだ。
「ひあっ!や、ん、ぅ…ぃっ、」
 槙の身体が微かにしなる。
「…ん、痛い…?」
「は、ぁ…ん、すこ、し…」
「…力、抜いて…」
 啄むような口付けを繰り返し、ゆっくりと指を挿しこんでいく。
 知っている箇所を指先で撫でると、力と吐息が、槙の身体から抜けていくのがわかった。
「んっ…ふぁ…」
「柔らかくなってきた、かな……こっちも、欲しい?」
 指を挿しこんだまま、親指で前を撫でる。
「ひ、んっ、あ、やぁ、ぁあ…」
「じゃ…いっぺん、出しちゃうか…」
 こくこくと頷く槙から、指を引き抜く。
 手を絡めると、すでに硬くなっていたそこは、すぐに追い立てられた。
「ふぁっ、ぁあっ! あ、イくっ…!」
 びくんと震え、先端から出た白濁を、肌を撫でるように掬い取る。
「……ん、少しは滑り、よくなったな…」
「はっ、はぁっ…ぁっ…!」
 出たものを再び後ろに指をつぷりと差し込む。
 今度は柔らかに伊多の指を飲み込んで、くたりとしていた槙の身体が、再び小さく震えた。
「…っ、少し、休む…か…?」
「い、いっ…」
 そっと入口に先端をあてる。
 ひくひくするそこへ、奥までゆっくり挿入すると、内側が奥へいざなうようにうごめいた。
「……、やっぱ、やらかいな…っ」
「ぁ、あ…」
「……な、んか…止まんなく、なりそ…」
「ふあ、んっ、ぁ、あ、んあっ」
 テーブルの上で膝を割り開かれ、伊多のものを奥まで入れられて、槙が吐息を熱くしている。
 その倒錯的な姿が、網膜を通して理性のタガを外す。
「ほら、…首、…掴まって…っ」
「あっ、そ、こっ…!」
「ん、ここ、弱いよなっ……」
 こりこりと先端にあたる場所を狙って、伊多が勢いよく突き上げた。
「ひ、あっ、やぁっ、や、そこ、やっ、ぁあっ!」
 槙が目に涙を浮かべ、首をふるふると振っている。
「いっ…よ、いっ、ても…っ」
 抱きしめて槙の身体を支え、何度も深く突き上げる。
 本能に任せてなかを抉ると、限界が近いのか、内側がきゅっと伊多自身を締め付けた。
「っ、あ、ふか、いっ、そんな、おくっ…!」
「っ…俺、…もっ、イくっ……!」
「ぁあっ、〜〜〜っ!」
 ビクンと、槙の身体が弓なりになった。

 ガクンと、力を失うのを、腕を伸ばし抱きしめて支える。
「っ……は、…だい、じょうぶ、か…?」
「ん、あ…せなか、いた、ぃ…」
「あ、ごめん…ソファ、連れてくから」
 入れたままだったものを抜き出すと、抜かれた刺激に、槙がぶるっと身体を震わせた。
「んんっ」
「…ほら、つかまって」
「ん…」
 そっと横抱きに抱え、ソファへ場所を移す。汗ばんだ髪をかきあげてやると、槙が数度目を瞬き、力が抜けるように目を閉じた。
「…な。…あの、さ…聞いていい?」
「な、に…」
「…なんか、あった?…いきなり、幸からなんて、さ…」
 ずっと気になっていたことを、囁くように問うてみる。
 しかし槙は、伊多に擦り寄ったまま、小さな声で答えただけだった。
「…別に…俺だって、ヤりたくなるとき、あるんだよ…」
「ふぅん……で、…満足したか?」
 答えてくれないもどかしさに、小さく口を尖らせる。そのままいたずら半分に、内股に指を這わせた。
「ぁっ…!?や、もう、いいっ…」
 槙がびくっと、身体を起こそうとする。
「なんだ、誘ってきたくらいだから、まだイケるのかと思ったのに」
「そんなこと、思うのは、お前だけだっ」
 未練がましく抱きしめていると、力が戻ってきたのか、槙がもそもそと身じろぎした。
「えー、そうか?…もうちょっと、いいだろ」
「ちょっ、はなっ」
「何にもしないから、いいだろ、ちょっとくらい」
 温かくて、放したくない。素肌のうなじにキスを落とすと、再び槙が、ごそごそと動いた。
「ひゃっ…なにもしないって、してるだろっ!ぁっ、」
「…俺はまだイケるけど、…このまま俺からその気にさせんのは、もったいないような気もするんだよな…」
 まだ敏感な身体を、このまま高めてやったら、また求めてくれるだろうか。
 そんなことを考えていると、槙が逃げようと、抱きしめていた腕を押し上げた。
「なにが、もったいないだっ!だったら、はなせって…っ!」
「じゃ、キスだけだから」
「んぅっ!?ん、む、ふ…」
 くるりと槙を下に組み敷き、名残惜しさに唇を重ねる。
「唇も、柔らかいんだな……口、開けて」
「は、ふぁ、ぁ…」
 指先で顎を捕らえて口を開けさせ、熱い舌を絡めあうと、槙の身体から再び力が抜けた。
「ん、ふ………、…どう?」
「はぁっ、は…ん…どうっ、て、なに、が…」
「キス。……下手か?」
 もう一度やりたいと言ってくれないものか、顔をじっと見て問いかける。
 しかし槙は、伊多の問いに顔を赤くすると、どうしたのかぷいっと目を反らした。
「っ、!」
「な、どう思う?……もう一回、試す?」
 逃がしたくない。そう思って、再び唇を重ねる。
「なっ、んんっ…」
「…やっぱ、幸とキスすんの、…すごくいいな…」
 気持ちがいい。温かい。……このまま、もう一度、したい。
「ふぁっ…んっ、も、いい、だろっ」
「どうしても、ダメ…?」
「えっ…な、に…」
「…やっぱ、シたい。…どうしても、無理か?」
 そう言ってじっと目を覗き込んだ。
 ……が、思えばさっきまで、テーブルの上なんて無茶をしていたのも事実。
「なっ…お、俺は、一回でイイ、けど…その、…、っ、せなか、痛いし、」
「ソファだから、次は痛くないって。…もう十分、休んだよな?」
「あっ!?やっ、」
 下へするりと手を伸ばすと、槙が逃げようと、わずかに身をひねった。
「あっ、逃げるなって。……嫌なら、無理は言わないけど」
「っ、だったら、のっかるなっ…」
「…ま、無理強いはしないよ。……腰、大丈夫か?」
 やっぱり、無茶はよくない。机の上なんて、不安定で慣れない場所で、身体に負担もあるだろう。
 そっと身体を放して気遣うと、今度は槙が、小さな声で囁いた。
「…お前、すぐ顔に出るな」
「隠すつもりないしな。……でも、ヤなんだろ? 夜、風呂のあとまでは、我慢するからさ」
「そっそれは、夜またヤるってこと、か?」
「まぁ考えてみたら、ゴム切れてたし…夜、ゆっくり、な」
 名残を惜しんで、再び唇を重ねる。
 そして脱ぎ捨てたシャツを取りに戻ろうと、身体を起こしかけたところで、槙の小さな声が耳に届いた。
「っ、ま、またやるくらいなら、今の方が、イイ、」
「えっ、俺はその方が嬉しいけど……キツくないか?」
 それにゴムもないし。そう言いかけたが、槙は真っ赤な顔で、うつむきがちに小さな声で呟いた。
「夜、ゆっくり休める方が、イイ…」
「…じゃ、夜ゆっくり休めるように、しっかり疲れような」
 槙から、いいと言ってくれたのだ。にっこり笑うと、相手はわずかに身を引いた。
「えっ…ぅ、ぁ…」

 ……日が暮れるまで、まだたっぷり数時間ある。