そもそもの発端は、自艦の艦長だった。
 大きな声で言うのは憚られるが、艦長とその同期の閨事を、覗き見てしまった。
 揺さぶられて、掠れたような声を漏らす彼等の上官は、おそらく気付いていない。しかし攻め立てる側の男は、自分たちが覗いているのを知っていて、わざと声を上げさせたのだろう。

 ……――とても、良い声だった。

 その声が脳裏に甦り、忘れようと目を泳がせた瞬間だった。
 ともに覗いていた伊多が、唐突に切り出したのである。
「……一度、試させる気はないか」
「………………目を覚ませ」
 彼の言葉を理解するのに数秒を要し、槙は冷静に返した。冗談だと思ったのだ。
 しかし伊多の目は真剣さに満ち、妙にまっすぐな瞳で、じっと槙を見つめている。
「一回だけだ。な? もしかしたらお前の方が、艦長より色っぽいかもしれないし!」
 その言葉に、槙はようやく相手が本気であることを悟り、……――瞬間、思考が吹き飛んだ。
 艦長の、艶に満ちた声が、耳の奥に甦る。
「まて。本気でまて。そもそもなんで俺が下なんだ?!……じゃなくて!」
 天衣無縫で磊落な艦長が、艶めかしく見えた。悪くはなさそうだ……と思ったのも、嘘ではない。
 しかしそれとこれとは話が別だ。
 自分は男で、相手も男だ。狭い艦内で同じ釜の飯を食い、生死を共にする仲である。そんな伊多と、そんな……仲になるということ自体、槙にとっては想像の範囲外なのである。
「俺が突っ込みたいからだ! 一回だけ! 優しくするから!!」
「やだよ! じゃあ逆に、俺が優しくするなら突っ込まれてもいいのか!」
 コイツがこんなことを言いだすのは、要は気持ち良くなりたいからだと、咄嗟に言葉を返す。
 いくら好奇心の権化のような伊多とはいえ、もしも自分が下になるんだとしたら……そう考えれば、妙な欲も冷めるだろうと思ったのだ。
 しかし伊多の思考回路は、槙の想像の斜め上をいくものだった。
「なんだ、お前もやっぱりヤりたいのか?!」
 その言葉とともに、槙はぐいと腕を掴まれ、その場に引き倒された。
「違う! そうじゃなくてこっちの気持ちも考えろと……わ、は、離せ!」
「じゃあ分かった、気持ちよくなかったらすぐやめてやるから!」
「そういう問題じゃ…やっ、やめろ…!!」
 焦りに任せて暴れてみるが、抑え込まれてしまっては、どうしても不利だ。そのうえ伊多は、抵抗程度では止める気配もない。
 それでも抵抗を続けていると、伊多の口から今度はとんでもない言葉が漏れた。
「あーなんだろな、抵抗されればされるほど押さえ込みたくなるんだよな。これが男の征服欲ってやつか?」
「んなことここで自覚しなくていいっ! っ、ちょ、脱がすなっ!!」
 気を抜く暇もなく、伊多の手がシャツの釦へ伸びる。
 感じた外気に焦りがつのり、慌てて身体を起こそうとすると、伊多が宥めるように顔を寄せた。
「でも考えてみろ、あの艦長があんな色っぽい声で鳴いてたんだぞ?」
「だからなんだ! 征服するのは敵艦だけにしろ、脱がすなー!」
 言う間に釦を外され、必死に抵抗の意を示す。
 上半身を晒す程度であれば、今更恥ずかしがる仲ではない。しかし穏当ならぬ状況下では、話は別だ。
「往生際が悪いな。それでも海軍軍人か?」
「今はそんなこと関係ない! このっ、いい加減に」
 元来強く言われてしまえば、我を張るような気質ではない。このままほだされてしまう前に、本気で抵抗しようとした、その矢先だった。
 再び、予想の斜め上をいく伊多の言葉が聞こえ、槙は耳を疑った。
「……縛ってみるか〜」
「?!」
 どんがめの聴音手として激務をこなす彼が、自分の耳が幻聴を拾ってしまったことを本気で祈るほどには、冷静さを失っていた。
 しかし聞こえた声は紛れもない伊多の台詞で、それを知った瞬間、ぞぞっと悪寒が背筋を駆け抜けた。
「ちょ、犯罪はおこすな! な、正気に戻れ!」
 両手を相手の肩にかけ、揺さぶろうと試みる。
 しかし槙は意外と手早く両腕を絡め取り、用意されていた浴衣の帯でぐるりと両腕の自由を奪った。
 思うような抵抗ができなくなり、槙の心中にいっそうの焦りが募る。
「艦長だってヤッてんだぞ、何の問題があるんだ」
「他の奴を当たれ! 解けってコレ!!」
 縛られてヤられるなど、冗談ではない。それでなくともこいつとは、今後も同じ海を渡って行かなくてはならないのだ。
「やめっ、ろって!!」
 帯に絡め取られた腕を振り回してみたが、それもあっさりと封じられた。
 伊多の手が、ズボンへ伸びる。
 逃げられないと思った瞬間、存外簡単に覚悟を決めてしまった脳裏に、艦長の影が揺らめいた。

「……どーやればいいんだろ」

 瞬間降ってきた声に、槙は思わず顔をあげた。
「……へっ?」
「いや……そういえば、どうすればいいんだろうな、と。……無理矢理突っ込んでもいいもんか?」
「だっ……ダメだろそれは……!」
 慌ててぶんぶんと首を振る。
 心底悪気のないらしい伊多は、「そうだよなぁ」と首を捻っている。
「……じゃっ、じゃぁ今日のところは……!」
「ん、しょうがないな」
 意外にあっさり引き下がる伊多に、覚悟を決めた自分が嫌になりながら、槙が両手を差し出した。伊多はあっさりと紐をとき、その腕を解放する。
(た、助かった……)
 ほーっと肩で息をつき、槙がぐったりと両腕を軽く撫でた。

「ちゃんと、ヤり方聞いてくるわ」
「……え?」
 ……――幻聴に、違いない。






Twitterログから派生しましたというか、暴走しましたというか。
きなうしさん宅の方々が少々絡んで参ります卯腐腐腐腐……えーっとぶっちゃけ、艦長っていうのがまぁその、きなうしさん宅の御子さんなわけでs(触雷)
部下さん達創作、水瀬の仕事は二次創作という名のキャラ壊しと思い定めました。

本当にすみません……ハハッ……アハハ……

きなうしさんとのTwitterログを小説腐海風味に仕立てただけ。ちなみにコレ、結構あれこれ決まってて、とりあえずいろいろ面白いんですよ……!
きなうしさんのサイトにいろいろございますので、ぜひご覧くださいませ★
転載は、きなうしさんのみ可とさせていただきます……いや、個人で楽しむぶんには法律上問題ないらしいんですが、転載はマズいらしいんで……はは……
突っ込みは受け付けません。だってまだつっこんでn(ry